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2008年1月

毎日切り抜き、うつノート

うつ病がかなりひどかったころはとくに避けていたのですが、
わたしはうつ病に関する書籍や資料などは
なるべく読み過ぎないようにしてきました。

情報だけで頭でっかちになって、
自分の治療方針などについて、
かえって不安になったりするのでは? と思ったのです。

けれど、昨年から読売新聞で不定期に(?)連載している
「うつノート」という記事だけは毎回、必ず読んでいます。

1シリーズ10回程度の連載です。

このシリーズの何がわたしのこころを惹きつけたかというと、
そもそもこの企画のスタートが、
読売新聞記者自身の闘病体験からはじまっており、
彼本人が記者として、
ジャーナリストの視点で自分自身の過去の闘病を報道していたのです。

これは非常に実に迫った魅力的な記事でした。

その後、記者が取材したさまざまなケースや読者の反響など、
不定期にこの連載は続いていましたが、
現在もちょうど、このシリーズは連載中です。

今回のテーマは、病後の再発防止のとりくみが中心。
まさに、いまのわたし自身のテーマにぴったりくるものです。

いまのわたしにとっては、完治すること以上に、
将来の再発についてこそが、不安材料となっています。

記事によれば、毎日の感情の変化とそのきっかけとなったできごとを
少なくとも半年、克明に記録し続けることで、
ネガティブな感情に対する対処法が見えてくるのだそうです。

なかなか根気のいる作業ではありますが、
やっぱりそういうことはきちんととりくんだほうがよいのでしょうね。

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「ラクに生きる」を定義すると

[元・同僚とのトーク 続き]

5

一度、うつ病を発症したひとは、
60%の確率で再発するといいます。

こんな不吉なことを考えてはいけないけれど、
わたしは自分自身、かなりの確率で
将来、再発するのではないかと考えています。
性格や考えかた、行動様式(=病前性格)があまりに典型的うつ型で、
現在もなお、それに微塵の改善も加えていない(加えられない?)から。

そんなわたしに、
精神医学についていろいろ勉強している、
うつ病の元・同僚から、こんなお話とアイディアが。

*****

まず、うつ病の再発を防ぐには、
人生のプライオリティを絶対的に「心身の健康」に据えること。
(うつ病うんぬんに関係なく、これは大事ですけれど)

「心身の健康」を保つためにすべきことは、
「ラクに生きる」こと。
これは、決して怠惰になることを指しているのではなく、
わたし自身は、
「心身を常に身軽に保つ」ことだと解釈しています。

もっと具体的に掘り下げると、
それは万事から「適度な距離感」をとること。

何に対するにも、何をするにも、
“適度に”というさじ加減をつかむこと。
決して、“入りこみ”すぎないこと。

具体的な例で言うと、こんなことが挙げられるそうです。

・しごと熱心のあまり、
自分自身の職務範囲を越えているしごとにまで、手をつけないこと。
自分個人の責務を果たしたら、
たとえそれ以上のことが目の前に積まれても、
それは「ほかの誰か」がすべきことであり、
自分とは関係ないテリトリーのことと割り切ること。
責任感や良心、罪悪感から
ずるずると引き受けるのは、もってのほか。

・何かの集まりやパーティに参加して、
もし途中で疲れてしまったり、
自分にとって意味のない場だと気づいたときに、
すっぱり中座する勇気を持つこと。
最低限の礼儀さえ守れば、
誰にも不快な思いをさせることはない、ということを
きちんと知っておくこと。
不必要なしがらみに絡めとられないことが大事。

・他人の身の上に起こったできごとに対して、
まるで自分のことのように一喜一憂しないこと。
たとえどんな不幸話や相談ごとを持ちかけられても、
それはあくまで、他人の人生の問題であり、
自分自身のマターではないのだから、
感情移入しすぎたり、必要以上に親身になりすぎないこと。

以上、おしなべてわたしに「できていないこと」だったので、
少々がっくりきましたが、
自分のなかのぼんやりした懸念が、確信に変わりました。

わたしはこのまま生きていたら、必ず再びうつ病になる。

自分自身を幸せにしてあげるためには、
改善する努力を惜しまないことが不可欠だな、と。

自覚していますが、
いままであまりにも、そんな努力を怠ってきた気がします。
それどころか、むしろ“万事に入れこむ”自分を美化していました。
それが正しいことなのだ、と勝手に信じて……

オンナ32歳、これからでもしっかりやり直さないと!

同僚くん、目からウロコのアドバイスをありがとう!!

【写真】路上のあずまやで気ままに将棋を指すひとたち@中国・紹興市
このひとたちはぜったいに「ラク~に」生きているはず。ウラヤマシイです。

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こころ? それともカラダ? 個人差の大きい症状

実は前回の日記で、一緒にカフェでパフェを食べたのは、
わたしの元同僚であり、うつ病仲間でもあるひとです。
(同じ部署のわたしと彼は、ほぼ同時期にうつ病を発症したのです)

彼といろいろ話をしていていつも思うのは、
「いったい、彼のどこがうつ病なんだろう?」ということ。

同じうつ病のわたしが見てこう思うのだから、
他人に病状を認識してもらうということがどれだけ困難か、
想像に難くありません。ほんとうにむずかしい病気です。

わたしが彼のうつ病を理解できない理由についてですが、
同じ職場環境と似たようなストレスを経過して病気を発症したにも関わらず、
わたしと彼の症状にはちっとも似た点がないことが挙げられます。

彼はどちらかというと客観的にも見えるからだの症状、
微熱や動悸や吐き気、手足の不快症状が出ています。

わたしにはからだの症状はほとんどなく、
自責や無気力、判断力や思考力の欠如がメインの症状です。
人づきあい、思考を要する作業、クリエイティブなしごと、
とっさの対応、混みいった事がらなどがとても苦手になりました。

お互いがお互いのなかに自分と類似した症状を見ないので、
お互いがお互いを「けっこう元気」だと思っています。

わたしは積極的に「同病なかま」を増やすことはしていませんが、
こんな身近な事例を見ても、
うつ病の症状には個人差がとても大きいことがわかります。

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たまには思いっきり甘く、極上パフェ☆

冬はなぜか、夏よりも、カフェで過ごす時間が愛しい。

今週末もカフェで過ごしたくて、
元同僚とお気に入りのカフェでおしゃべり。

週末はいつも混雑するこのカフェへ出かける主たる目的は、
思う存分、甘い幸せを味わわせてくれるパフェ!

今日は、シナモンやコリアンダーなどの
スパイスをふんだんにきかせたパフェをチョイス。

Viron2

ちょっぴりオトナ味のスパイシーなアイスクリームに、
いくら食べてもちっとももたれない、軽やかで極上の生クリーム、
じっとりとリキュールに漬けこんだほろ苦いオレンジピール、
ザクザクと存在感ある食感がたまらないたっぷりのシリアル、
ああ……なんて幸せなんだろう!!!

高カロリーなものを食べてしまった罪悪感とはしばしサヨナラして、
からだいっぱいに広がる幸せな甘みのマジックに身を浸します。

だって、ときどきのスイーツは、こころの栄養だから!

9ブラッスリー・ヴィロン 渋谷店 (フレンチ / 渋谷)
★★★★ 4.0
渋谷区宇田川町33-8
03-5458-1776
9:00~24:00/無休

◆ちなみにお食事なら断然、おススメなのが、
階下のパティスリーでバゲット・サンドを買いこんでのイート・イン。
バゲットをはじめ、クロワッサンやブリオッシュなど、
小麦粉の味がしっかりとしていて、東京№1のおいしさです。

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きちんと会社をやめてみた

休職扱いになっていた以前の職場の、
正式な退職手続きを延ばし延ばしにしていたのですが、
やっときちんと処理してきました。

わたしをうつ病に追いやるほど雰囲気の悪い職場でしたが、
立つ鳥あとを濁さず、
きちんと挨拶もして……と思いオフィスを訪ねると、
わたしの来社については連絡が行き渡っていなかったのか、社長は不在。
まさか、知っていてわざと外出したのか? などと勘ぐってしまいました。
そう勘ぐってしまうほど、わたしは腫れ物扱いされてきたので。

そうは言うものの、
うつ病の根源になったわたしの上司とは、顔を合わせることになりました。

別にいたわってほしいわけではありませんでしたが、
彼女からは「病気はどう?」「元気?」のひと言もありませんでした。

そして、わたし自身も他人のことをとやかく言う資格はありません、
最後の場面でも大人になりきれず、
胸のなかには黒いきもちが去来して、
「お世話になりました」のひと言も言えませんでした。
あまりにも、本心を逸脱したセリフなので……

むしろ、大人気ないですが、
最後にはガツン、と言ってやりたかったのです。
「こういう結果になって、さぞかしせいせいしているでしょう?」と。
在職中に黙って笑顔で彼女のイジメに耐えていた自分を、
少しでも救ってあげたかった。

けれど、いざ彼女の顔を見ると、
「何か言ってやりたい」という思い以上に、
顔も見たくない! 口も聞きたくない! というきもちが湧き上がってきて、
彼女の顔もまともに見られず、ろくに会話も交わさず。
とにかく、一刻も早くオフィスをあとにしたかった。

うつ病になった原因を外に求めて他悪的になりたくない、
とずっと考えてきましたが、
残念なことに、彼女を恨むきもちは想像以上に強いものでした。
こんなきもちを胸のどこかにかかえたままでいるのは、
自分が毒されるようで、とても不快なのですが、
自分でも驚くほどに、がまんならない嫌悪感がこころの底に眠っていました。

いずれにしろ、これで病原のひとつとはサヨナラしました。
明日からは新しい自分に生まれ変わって、
幸せな人生を模索していく日々がはじまります。

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ヤッタ! 減薬!! その1

今日はひさしぶりの診察日。

少々のハードワークにも耐えられるようになった自分を報告し、
無事に、減薬にこぎつけました!!!

うつ病になりたてのころ、
治療にこんな長期間を要するとは思わなかったので、
ここまでの道のりは遠かったです。

具体的な処方内容は:
デプロメール 50mg/日
アモキサン 40mg/日 ⇒10mg減

ここ2回ほどは月1回の診察になっていましたが、
減薬の予後を心配してか、次回の診察は2週間後に。

ただし、その後主治医の先生に言い渡された注意事項は、
わたしのうつ病の病原ともいえる部分を厳しく指摘したもの。

いわく、
×元気になったので、いっしょうけんめい働く
○元気になったので、余暇を存分に遊ぶ(しごとは、のらりくらり)

何度言われても、これがなかなか守れないのです。

病院の帰り道、ふと思いました。

わたしはなぜ、いざ、しごととなるとベストを尽くそうとしてしまうのか?

それは、「責任」「達成感」という大義のため???

いえ、もしかしたら意外とそんなかっこいいものではなくて、
単に「ひとからデキると思われたい」、
「できない自分がかっこ悪くて許せない」なんていう
陳腐な理由によるものかもしれない、
自分もたいしたことないなぁ、なんてぼんやり思いました。

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ヴァン・ショーの季節がやってきた

この冬いちばんの冷えこみとなった週末、
からだを温めるため、
「ヴァン・ショー(ホットワイン)」を飲みに、
近所のカフェに出かけてみました。

「ヴァン・ショー」はひらたく言えば、お燗したワイン。
柑橘系の果物やシナモンや
クローブなどのスパイスを漬けこんで、
温めたワインのことです。

温まりに行くために、
寒いなかを凍えながら出かけるというのも一興。

冷たい雨のなかを歩きながら、
ちょっとメランコリックなチェロの楽曲をiPodにしこんで、
ひとりとぼとぼと歩いていきます。

Dadacafe_01 Dadacafe_06_2

目指すカフェは、ひっそりかんとした路地にたたずむ
昭和の古民家を改装した「お家カフェ」。
ガラガラと引き戸を開け、たたきを上がると、
昔、おばあちゃんの家を訪れたときに鼻腔をくすぐった
石油ストーブの匂いが出迎えてくれます。

あつつつつ……舌を焼きそうなワインを
ちびちびとすすりながら、
ここちよいボサノバのかすかに流れるなか、
気ままに雑誌を繰ったり人間観察したりして、
のんびりとした午後を過ごしました。

しまいには、うっすらと汗をかくほど
からだを温めてくれるヴァン・ショー。
以前はダイスキな彼氏のために、よくつくったっけ。
そんなほろ苦さもある、思い出の味です。

Dadacafe_03

DADA CAFE (カフェ / 代々木)
★★★★ 3.5

東京都渋谷区千駄ヶ谷5-23-10
03-3350-2245
11:30~23:00/日休

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復職第9週―しんどかったけど!

復職9週め、お正月休み明けの1週間、
ほんとうにしんどかったです。

朝はますます起きられなくなるし、
朝の「ひと駅ウォーキング」も挫折、
通勤できるようになった喜びももうとっくに失せて、
いやいやモード全開!

睡眠時間の確保を第一に考えましたが、
一週間が、ほんとうに長かった……

お正月休暇をはさんだ反動で、
こころが休まるどころか、
しごとへの嫌悪感が増し、
また症状が悪くなるかと思いましたが、
気がついてみれば復職した当初よりも
だいぶ多くのしごとをこなせるようになっている自分に気づきました。

しごとのスピードにはとくに周囲の評価も高く、
評価も上々のようです。
理解力や注意力にはやはり健常者と比べまだ問題があり、
つまらないポカミスは多いですが……

そんなわたしの現在の唯一の楽しみといえば、
ちょっと気になるあのひとに週1回、会えることですが、
今晩、自覚したのは、
わたしは相手にとってちょっと壁のある存在だということ。

わたしの悪い癖で、
気になるひとには気の無いそぶりを見せてしまうのです……

次週の挽回に、期待!

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これは恋のはじまり?!

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これは、恋のはじまりになるかも、しれない???

昨日はいっぱいかわいがってもらって、
頭なでてもらって、ハグしてもらいました!

その理由は、
わたしのほうが、「かわいがってもらいたい!!」って
いっぱい、いっぱい念を送ったからです。

ガンバッタ、わたし!!

ひとと親しく関わりたいきもちが生まれたこと、
それを表現できるエネルギーが持てたこと、
病気のわたしにとっては、
とても、とても、とても大きな進歩で、大きな事件です。

これが恋のはじまりに? と書きましたが、
そうならなくても、いいのです。
ただ、少しずつ、こうやって、
こころの準備が整ってくるならば、
それで、いまはいい。
(それに、やっぱりまだいまは、恋愛に飛びこむまでのエネルギーはないから)

それでも……ちょっとは……期待も、ある。

豪徳寺の招き猫ちゃんに、
幸せを呼んでもらえるように、お祈りをしておきます。

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さびしいときの男トモダチ

しごとに疲れて、
同じことの繰り返しの毎日にうんざりして、
とってもとっても楽しみにしていたはずの年末年始のお休み。

でも、わたしのホリデイは、
元気なふつうのひとたちとはぜんぜん色彩の違うもの。

どこかへ行く予定もない。
誰かに会う予定もない。

もちろん、予定は自分でつくるもので、
どこからか降ってくるものではないけれど、
わたしは予定をつくらなかった。
つくる元気もなかった。

何もすることがない。
したいことが何もない。
ただただ、毎日が無為に過ぎていく。

世の中のひとびとから、とても遅れをとっている感じ。

休暇らしい休暇もなく、
新年の目標も決意もなく、
また、このままつまらないしごとの毎日に戻っていくの?

寝ても覚めても、こころがつぶれそう。

そんな状態も、もう病気のせいにはできないから。
自分の力だけで、どうにかしていかないとならない。

苦しくてしかたなくて、
ふと、ずっと連絡をしていない男トモダチたちに、
「元気?」 ってメールを書いてみた。

無条件に、わたしを甘やかしてくれることばが聞きたくて……

こんな自分、サイテイだけど、
わたしはいま、何かとても大きな、よりかかれる何かがほしいのです。

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清く正しく、ゆるくいこう! 2008

夏の終わりから、どんなに眠くても疲れていても、
毎日欠かさなかったブログを1週間、お休みしているあいだに
清けき新年を迎えました。

ブログだけではなく、
この年末はいろいろことがぐちゃぐちゃになったまま、
なんとも中途半端に年明けのときを迎えてしまったのですが、
それはそれで、意味のあることとして受け止めておきます。
(理由はこのあとに。)

年末最後の一週間は毎日が残業続き、
とはいってもせいぜい2時間、3時間という単位だったのですが、
現在、うつ病もちのわたしにとってはもう必死、必死のひとことでした。

そして迎えたしごと納めの夜、
今度は39.5度という高熱に見舞われ、ダウン。
もう、こうなったら溜まっているブログも放置し放し、
おまけに大掃除をする元気まで奪われ、
部屋は埃だらけの散らかり放題、
ここまできたらあとはどうでもいいや、と
なんと、お風呂にも入らず元旦の今日を迎えることになりました。

心身ともに清廉潔白な感じでピリッと新年を迎えたい
日本人のわたしにとっては、なんとも不本意な年の明けです。

けれども、こうなったからには、
決して「不本意」などと思わず、
「こういう年もあるよね」と開き直って、
ゆるりといい加減に過ごすことに決めました。

というのも、
わたし自身、いままであまりにもたくさんの
「~ねばならない」に縛られて生活してきた気がするのです。

「~したい」「~しよう」ではなく、「~ねばならない」。

すませるべきしごと、
自分から望んでしているはずの遊びの計画、
終映前に見ておきたい映画、
友人に会う約束、
そんなことから、
部屋の掃除のしかた、
歯磨きの順番、
下着のたたみかた、などといった小さなことまで、
わたしのやることなすことといえば、ほとんどすべて、
「~したい」「~しよう」ではなく、
「~ねばならない」に基づいて動いてきた気がするのです。

そして、この「~ねばならない」から外れたことは、
おしなべて「不快なこと」「不本意なこと」に感じてきました。

わたしが昨年患った「うつ病」という病の、
これは、大きな大きな病原体であり、病巣だったのではないかな?
と、考えています。
自分で自分のことを縛っていた、そんな感覚。

この「~ねばならない」から、
自分を少し、解放してあげること。
こうすることで、今後は自分のことを病気の再発から遠ざけてあげないと。
つねづね、そう思っています。

ですから、
今年最初の「~ねばならない」追放運動として、
年末の大掃除やら、新年の決意、などといった
“義務”を踏み倒してやりました☆
踏み倒してもへっちゃらな自分、上等!

さて、それでも少しは新年らしいこともして過ごしました。

今年はじめて、わたしは「おとそ」というものをいただいてみたのです。

「おとそ(漢字では“お屠蘇”)」というお酒は、
けっして舌においしいものではありませんが、
新年にいただくのに、とても意味のあるもののようです。

おとそのはじまりは、
古代中国の名医・華佗が、
自ら調合した十数種の薬草をお酒に浸して飲んだのが
はじまりだそうです。

邪気を屠り(おとその“屠”)、魂を蘇らせる(おとその“蘇”)ことから、
厄をはらい、福寿を招くことを願っていただくのだとか。

はらってほしい厄でいっぱいのわたしは、
今朝がた、いっしょうけんめいに、おとそを飲みました。

さんざんだった昨年の厄年も、やっと越えました。
病気が完治し、あたらしい生きかたの指針を見つけ、
ほんわか幸せである一年を祈って、2008年に臨みます。

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