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2008年2月

啓発夢・その3

過去の「いろいろがんばれちゃう」自分。
忙しくてもつらくてもブルーでも、
どこかいきいきしている自分。

わたしにとっては、
そんな自分に戻ること=病後の自分の目標であり、
「うつ病から治ること」に、
それ以外の可能性を考えていませんでした。

だから、今日みたいに、
前の自分に戻れないと思うことがつらくなるのです。

日ごろつねづね、「前の自分には、もう戻れない自分」を自覚しながら、
こころのどこかで、
「前の自分に戻ること」が自分にとってのベストだと考えている自分は、
「そこそこの自分」に満足することを覚え、妥協することでしか、
もう幸せに生きる術はない、とどこか脅迫的に考えていました。

それでも、もう、前の自分に戻ることは不可能。

わたしは今回の夢見で、
それをほとんど徹底的に思い知ったことになります。

ん? ちょっと待てよ……

できないことはできない、と
身をもってきちんと思い知ることが、
そんなに悪いことなのかな?

ベッドの中で数時間、もやもやしているあいだに、
そんな考えが浮かんできました。

できもしないことを思い描きながら、
どこか諦めのきもちをもって生きていくことと、
「できないことはできない」ときちんとわかって生きていくことと、
どっちが建設的だろう?

そう考えると、わたしのなかに、
あたらしいきもちが生まれてきました。ほんとうに、不意に。

現にいまわたしは、過去の自分に夢の中で出逢い、
これほどつらくていやな思いをしたではないか?
そんな自分に戻ることが、自分にとってのベストだなんて、
どうして言えるだろう?

どう見てもあきらかに「ベストではない」、
そんな過去の自分に戻ろうとして、
こんなに悔しがっているなんて、
それはどこかおかしい。
むしろ、過去の自分を捨てることが、
新しい前進につながるのではないだろうか?

できないものを、きちんとできないと知る。

わたしは、こんなかんたんな事実を、
頭ではなく、初めてこころで、
認識することができたようです。(つづく)

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啓発夢・その2

ひさしぶりに見た夢で、
バリバリ働いていた当時のつらかったことを
いろいろと思い出してしまったわたし。

ネガティブ思考のスパイラルは、
次のように続きました。

ああ、あのころのわたしって、
こんなストレスやら、あんなプレッシャーやら、
いくつもいくつも同時に抱えて、
それは確かにつらかったけれども、
それでも健康を壊すことなく、
こころのバランスも崩すことなく、
なんとかかんとかやるべきしごともこなし、
自分の生活も保っていたんだなあ。

それと比べて、その後のわたしは、
あのころと比べれば、たいした困難もなく生活してきたはず。
ましてやいま現在は、
生活に困っているわけでもない、
しごとがタイヘンなわけでもない、
ぬるま湯のような環境にいさせてもらっている。

それなのに、
いつもどこか不安で、
いつもどこか不満で、
一体どうしたらいいんだろう? なんて、
もやもやと悩みながら毎日を過ごしている。

これって、あきらかな、しかも大きな後退ではないだろうか?

30歳も過ぎていい歳をして、
わたしは全然がんばれていない。
自分で自分をきちんと面倒見て、成長させてあげようとしていない。
ほんとうに、このままの自分で終わっていいのだろうか?

過去のがんばれていた自分と、
いまのがんばれていない自分を比べて、
それは情けないきもちに落ちていったのでした……

もうあのころの自分に戻れない自分。戻ろうともしていない自分。

そして、いくども寝返りをうちながら、
眠れない夜はまだまだ続きます。(つづく)

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啓発夢・その1

ひさしぶりに、しごとの夢でうなされてしまいました。

ハードワーカーだったころは毎晩だったのですが、
そのころよく見ていた夢のたぐい。

当時、毎月の締め切りのときに、
編集部で作成したすべての校了データを印刷工場に入稿する
という責任ある作業をしていたのですが、
そこでとんでもないミスをしてしまい、
会社に何百万の損失を出してしまうのです……!

そして、人間性をすべて否定されるような陰湿な叱責を浴びるわたし。

うなされてうなされて、はっと明け方に飛び起きました。

あー、夢だったんだ、よかった、
と思うと同時に、
すぐに寝直したら夢の続きを見てしまいそうで、
一生懸命、意識を眠らない方向へ集中。

目が冴えてくると、
今度は当時のいやだったこと、つらかったことのエピソードが
自分の意思に反してとめどもなく思い出されてきました。
いわれのない不本意なアクシデントでどなられたこと、
同じ部署内でなぜか自分だけが割に合わないしごとを負ったこと、
無責任で身勝手な上司に冷たく突き放されたこと、
自分は明らかに、上司や社長のイライラのはけ口にされていたことなど、
自分でも「よくこんなこと覚えてるな」と驚くような
細かなできごとのあれこれがフラッシュバックしてしまい、
ついに眠りにつくことができぬまま、
出勤時間を迎えてしまいました。

悔しくて悲しくてやるせなかったことの数々。

もともとわりと悲観的なタイプのわたしですが、
それでも実はたくさんのネガティブな思い出を、
「忘れたこと」にしてしまっているんだな、
ということに気がつきました。
こんなことも、あんなこともあったけれど、
今日の今日まですっかり記憶のどこかに飛んでいっていた。

かといって、それらのイヤな思い出は、
決して記憶から消えてしまったわけではなくて、
こころのどこかにある安全装置の中に、
頑丈にロックしてしまってあったんだということも知りました。

人間は、前向きに、そして幸せに生きるために、
こころのなかにこういったセキュリティシステムを持っているのでした。

しかし、この日、こじあけられてしまったわたしの安全装置は、
わたしのこころをめちゃくちゃに乱し、
ガタガタと崩してしまったのです。(つづく)

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主治医の先生のこと

いまの主治医の先生にはもう10ヶ月ほど診ていただいていますが、
昨日の診察で初めて、ことばの接ぎ穂に困る先生を見ました。

あまりにわたしから報告することが少なくて、
先生としても言うべきことがなくなったみたい。

「えーと、ほかに何か(話すこと)あったっけ?」と
ちょっと困った様子。
先生が動揺するのを初めて見たわたしは、
「先生も、やっぱり人間なんだな」と当たり前のことを思いました。

わたしの先生は、感情や表情を一切表に出さないお医者さんです。

笑顔も愛想も、一切ありませんが、
叱咤や批判も一切しない先生です。

ひとによってはもっと表情豊かに、
やさしくいたわるように接してくださる先生を求めるひともいることと思います。

けれど、わたしにとっては、
いつ、どんなときでもおしなべてニュートラルでいてくれるこの先生が、
とても合っていると感じています。

患者と一緒になって悩んだり喜んだり、
あるいは、
ときに叱ってくれるような先生だったとしたら、
わたしの感情も一緒になって振り回されて、
とても混乱しただろうと思うのです。

たまたま職場の近くにあり、
たまたま予約のとれたこの病院に、
飛びこみで診察することになったわたしですが、
偶然にもよい先生にめぐり逢えて、とてもよかったと思っています。
主治医の先生との相性は、からだの病気以上に、
ほんとうに治療を左右すると思いますから。

ただ、昨日の診察では、
わたしが興味を持っている認知行動療法については、
あまり積極的な説明を受けることはできませんでした。
先生いわく、欧米はまだしもまだ日本では、
このような治療法はきちんと確立していないのだそうです。

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夜遊びの再デビュー

今年のささやかな目標のひとつでもあった、
“サルサ・クラブ”へのデビューを果たしてきました。

ただいま朝帰りしてじっくり半身浴をし、
パンパンに膨らんだ脚をマッサージして、ひと息ついたところです。

夜遊びに再デビューできたこと。
たくさんの知らないひとのなかに入り、彼らとたくさん踊ったこと。

うつ病歴10ヶ月のわたしにとっては、
もう奇跡みたいなできごとでした……。

昨晩の興奮醒めやらぬまま、
思うところはたくさんありますが、
うつ病患者としてここに記録しておきたいのは、ただひとつ。

わたしはこれから、生活や、人生の、さまざまなことをダンスに投影して、
自分の生きかた、こころのもちように生かしていきたいと思います。
これは、こころの健康にとって、大きな助けになることと思います。

ダンスのなかで直面することは、
そのまま人生のなかで直面すること、
ダンスのうえでの進歩は、
そのまま生きかたにおいての進歩に繋がるものなんだということを、
すこしずつ実感しはじめています。

だって、ダンスのなかに、自分の弱点が、すべて現れるんです!

わたし、いつもそのことに、ひやひやする思いでいます。

ほんとうに、こころから、もっともっと自由に踊れるようになりたいです。

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再読・自分のブログ

思い立って、いままでのブログを読み返してみました。

毎回、心療内科に通院するスパンで、
前回の診察からそのときまでの症状の動きをふりかえる作業をするわけですが、
最近は以前のようにとくに目につく動きがなく、
いったい、回復に向かっているのかどうかを認識しづらいのです。

そこで、もっと長い目でふりかえってみて、
自分自身の回復具合を再確認してみようと。

読み返した結果、
やはり、記録することには大きな意味があるなと実感しました。

先週よりも今週が、
先月よりも今月が、
あきらかに、前進していることを確認。

考えていることもあきらかに明晰になってきていますし、
自分にできることも徐々に増えてきているのを感じます。

とくに、ブログを書きはじめた半年前からしばらくは、
いま考えてみても、「うつ病」という観点から言えば、
書くべきことはたくさんあっただろうにもかかわらず、
病気のことに触れた記述がほとんどないことが気になりました。

あくまで、いま現在と比べてみて、ですが、
自分の病気に向き合うことを少々、避けている感があります。

「今日は××があって楽しかった」「今日は○○がいい感じだった」

そんな楽しいことばかりの毎日ではなかったはずですが、
ほぼ毎日の日記がこの調子です。これは不自然。

むしろ、病気から離れつつあるいまのほうが、
よほど病気についてよく観察し、よく考え、よく書いている。

また、文章そのものの整然さ、という意味からも、
以前の日記はやや支離滅裂で、読みづらい記事が多かったです。
やはり思考の進めかたや整理のしかたで、
乱れている点があることが見受けられます。

読み出すとあっというまに時間が経ち、
なかなか充実したひとときでした。

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ヤッタ!! ではなかった減薬 その2

アモキサンの減薬を開始して2週間後の診察日。

その間、薬の減量による障害も何ら見られなかったので、
今週はさらに減薬できるのではないか? なんて
かすかに期待を抱きながら病院へ向かったわたしに、
とてもショックなお話が待っていました。

どうやらわたしの想像以上に、
減薬の過程には長い時間がかかるそうです。

前回の減量はほんの10mgだったのですが、
このままの処方をあと4ヶ月、続けるとのお話。

4ヶ月後からまた少しずつ、減らしていくそうです。

あと2ヶ月半でわたしの闘病期間も1年を迎えますが、
いったい「完治」の診断が下るのはいつのことなのでしょうか?

その日がわたしのイメージしていたよりも、
はるか遠くに引き離されてしまって、
ショックのあまり、涙がにじんできました。

主治医の先生の話では、
病状がよくなってから少なくとも4、5ヶ月は服薬を続けることが、
再発予防のための大切なプロセスなのだそうです。

そう言われてしまえば、
「飲みたくない」などとは到底、口にすることはできません。
再発を防ぐことは、どんなことよりも、譲れないことですから。

また、再発防止のために服薬の継続が重要であるということは、
先日ご紹介した「うつノート」にも、しっかり記されていました。

本格的なダイエット開始は、また当分お預けのようです。

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