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主治医の先生のこと

いまの主治医の先生にはもう10ヶ月ほど診ていただいていますが、
昨日の診察で初めて、ことばの接ぎ穂に困る先生を見ました。

あまりにわたしから報告することが少なくて、
先生としても言うべきことがなくなったみたい。

「えーと、ほかに何か(話すこと)あったっけ?」と
ちょっと困った様子。
先生が動揺するのを初めて見たわたしは、
「先生も、やっぱり人間なんだな」と当たり前のことを思いました。

わたしの先生は、感情や表情を一切表に出さないお医者さんです。

笑顔も愛想も、一切ありませんが、
叱咤や批判も一切しない先生です。

ひとによってはもっと表情豊かに、
やさしくいたわるように接してくださる先生を求めるひともいることと思います。

けれど、わたしにとっては、
いつ、どんなときでもおしなべてニュートラルでいてくれるこの先生が、
とても合っていると感じています。

患者と一緒になって悩んだり喜んだり、
あるいは、
ときに叱ってくれるような先生だったとしたら、
わたしの感情も一緒になって振り回されて、
とても混乱しただろうと思うのです。

たまたま職場の近くにあり、
たまたま予約のとれたこの病院に、
飛びこみで診察することになったわたしですが、
偶然にもよい先生にめぐり逢えて、とてもよかったと思っています。
主治医の先生との相性は、からだの病気以上に、
ほんとうに治療を左右すると思いますから。

ただ、昨日の診察では、
わたしが興味を持っている認知行動療法については、
あまり積極的な説明を受けることはできませんでした。
先生いわく、欧米はまだしもまだ日本では、
このような治療法はきちんと確立していないのだそうです。

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