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2008年4月

マカフシギ箱庭療法

今週の診察後、主治医の先生からおもむろに、
「今日、5分くらい時間ありますか?」と聞かれました。

ほんとうはディナーの待ち合わせがあったけれど、
先生いわく、心理テストをするというので、ガゼン興味津津。
5分ならダイジョウブだろう、と気軽に受けてみることに。

「では、こちらへ」と案内され、別室に通されると……
?!?!?!
壁面いっぱいに置かれた棚には、
ちいさなフィギュアがぎっしり。ここは先生の趣味部屋デショウカ?!

もちろんそんなことはなく、
これがうわさに聞く「箱庭療法」なるものを行う部屋だったのです。

箱庭療法について簡単に調べてみたのですが、
箱庭療法とは、
砂を敷いた箱の中に、患者が自由に世界観を表現する療法で、
これを行う場所にはさまざまなおもちゃが準備されており、
(おもちゃは、人間や動物、植物や自動車、建物などの模型です)
砂を掘ったり盛りあげたりして自由に成型するほか、
これらのおもちゃを好きなように使って、
平たく言えばジオラマのようなものを製作する作業です。

このセラピーの目的は、
1)患者の中にある、言語化できない感情や意識を読み取る
2)無心な遊びの要素を通じて、患者のこころを癒す
ということのようです。

主治医の先生がおっしゃるには、
重度のうつ病患者にとっては、このような作業は大きな負担となり、
作業そのものを楽しむことができないということ。
気楽に楽しんでやってください、ということで、
いざ、箱庭療法がスタートしました。

わたしはこういったことには美意識が高いほうなので、
いかにディナーの約束があろうとも、
いい加減なものをつくることは許しがたいので、
けっこうはりきって作業に取り組みました。
(楽しむことよりも、義務感のほうが強かったです)

まず、あまたある種々雑多なフィギュアのなかから、
色彩的にもスケール的にも、モノ的にも、
統一感のつくれそうなものを選んでいきます。

テーマは「中国のいなか(水墨画のような景色)」に決めました。

箱の中に敷かれた砂をより分けて、
川をつくり、平地をつくり、丘をつくり、
くすんだ緑の木々を植え、陶器の民家を建て、
川には木製の橋をかけ、すれ違ういかだや船を浮かべ、
川べりでおしゃべりに興じる仙人を2人。

木の下にはあお向けに寝そべる子犬が1匹。
(これはこの地に旅してきたわたしです!)

つくり終わると、筆記シートへの記入作業があり、
自分の作業を簡単に解説します。

そこには、何を表現したかったのか、
思い通りに表現することができたか、
その他感想などを書きこみます。

さて、わたしのつくった風景は、
わたしのなかの何を示しているのでしょうか?
次回の診察で聞くのが楽しみです。

また、その際にもうひとつ知りたいのは、
なぜ、このタイミングでこの療法を行ったのか? ということ。
主治医の先生は、わたしの言語情報からだけでは、
正確な病状を読み取ることはできないと判断されたのでしょうか?
たしかに、わたしは最近の診察では
「元気です」「ふつうです」、こればかりしか言っていませんから……

ちなみに、当然のことなのですが、
この日、箱庭療法を5分で終えるなどという荒業は
わたしにはとてもやり遂げることはできず、
ディナーには遅刻してしまいました!

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読売連載「うつノート」、またはじまりました

以前にご紹介した読売新聞の不定期連載「うつノート」が再びはじまりました。
今回のテーマは「復職支援」です。

いままでにもすでに、公的機関やNPOなどで
社会復帰のプログラムを設けているところがありますが、
最近では民間企業でもこの問題に取り組んでいるところがあるそうです。

営利目的、というと、
経済的に困窮している場合が多いうつ病患者には
とっつきにくい部分があるかと思いますが、
やはり、お金を取る以上、
責任もってプロフェッショナルなサービスを提供してくれるように思います。

読み進めてみると、患者個人というよりも、
企業をクライアントに展開しているケースが多そうです。
ある程度の規模の企業に勤めていると、
メンタルケアや職場復帰体制はほんとうに充実しているな、と
とてもうらやましく思いました。

患者自身ももちろんのこと、
患者を抱えている企業にとっても、
うつ病患者の職場復帰はとても扱いにくいことがらだろうと思います。
そんなときは、思い切ってプロの手に任せてしまうというのが、
双方にとって有益なのではないかと感じました。

そんなとき、
「お試し出社(リワーク・トライアル)のできる“バーチャル職場”を提供する機関や、
匿名メール1本で職場の悩みを相談したり、
WEB上でストレス状況を定期診断してくれたりする機関があったら、
とても心強いと思います。

今回は、記事で紹介された中でも、
個人単位が利用できそうなサービスをご紹介します。

■都立中部総合精神保健福祉センター
東京都世田谷区上北沢2-1-7
03-3302-7575
通勤訓練・職能回復訓練・再発予防教育で、半年以内の復職を目指す。
※復帰率は80%だそうです。

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病気が治る≠元気になる、あるいは元に戻る

主治医の先生は、わたしを診察してくれているこの1年のうち、
ただの一度たりともわたしに病名「うつ病」を告げてくれたことはありません。

何度か出していただいた診断書にも、
ただの一度たりとも、「うつ病」と書かれていたことはありません。
(その代わり、「うつ状態」と書かれていました。)

でも、昨日の診察のときに、見えたのです。

わたしのカルテの表紙に大きく「うつ病」と書かれているのを。

当然のことなのですが、
わたしはきちんと、病気だったのです。
単なる逃避のために病気のふりをしたわけでもなく、
ほんとうは健常者なのに、
病気を盾に自分の弱さを正当化したわけでも、ないのです。

それが、きちんとわかって、よかった。

それならば、「病気が治るとき」というのも当然、訪れてくれるはずで。

ずっともやもやしていたことを、聞いてみました。

わたしの、いまのこの状態。
これが果たして「治った」という状態なのか、を。

薬を飲まなくなったときにも、
いまの状態を保っているのであれば、
それは「完治した」ということなのですか?

先生は、言いました。

「実際のところは、現在もうすでに、薬を飲んでも飲まなくても、
いまの状態には何も変化は起こらないと言えます。
もうあなたは、すでに治っているのです。」

ということは、この先もこれ以上によくなるということはないのですか?

先生は、言いました。

「薬のちからでこれ以上、よくなるということはありません。」

いいえ、それは違います。
いまのわたしは、確かに元気です。
病気の症状も、消えてなくなりました(ほとんど、ね)
けれど、病気以前の状態を取り戻したかといえば、
それとはまだほど遠い状態です。
例えばいますぐに、以前と同じような生活をしろと言われたら、
それは到底、不可能なことなのです。
以前のような環境でしごとをしたり、
以前のように充実したプライベートの生活を送る、ということは。

以前と同じ生活スタイルを送ることにはこだわりません。
そういったことは別にしても、
端的に言えば、生きるエネルギーのレベルで、
とてもでないですが、まだまだ元気を取り戻したとは言えないのです。

先生は、言いました。

「そういった“不全感(うん! まさにそのことばがぴったりです)”を訴える患者さんは、多いのです。
これから1年2年かけて、自然とそれを取り戻していくひともたくさんいますが……」

わたしがうっすらと感じていた予感は、やはり正しかった。

病気から回復する=健康を取り戻す、あるいは以前のレベルにまで元気になる

では、ないのです。

がっくりと首をうなだれるわたしに、
主治医の先生は言いました。

「うつ病になる患者さんはそもそも病気になる前、
自分のキャパシティを超えて120%のちからでがんばっているひとが多いのです。
その状態こそが、そもそも本来のあるべき姿ではないのです。
これからは、少したづなを緩めて、
本来の100%のちからで生きていくことをしていけばいいのではないですか?」

いえいえ、先生、それはほんとうに違います!!!

わたしはもともと、だらだらしているのがダイスキな人間です。
なにもしていない、無駄な時間をある程度確保しないと、からだがもたない人間です。

わたしの友人はみんなみんな、
わたしよりも、
しごとでたくさんのパフォーマンスをし、
その余力でさらに、
プライベートであんなことやこんなこと、いろいろこなして、
それでもからだを潰さずに、元気でやっています。

わたしはいつも、そんな彼らをうらやましく思いながら、
彼らの70%くらいの充実度で毎日、暮らしていたくらいです。
120%がんばっていたなんて、とてもとても……
もっともっといろんなことができるのに、したいのに、と思いながら、
ダラダラと無為に日々を過ごしていたのです。

こんなわたしに、もっとゆるく生きろと言うのは、ほんと酷です……。
いまの過ごしかたが、ほんとうに一生続くの?????

……もし先生の言うことがほんとうなのだとしたら、
もし病前のわたしが120%のがんばりで生きていたと言うなら、
わたしはおそらく、かなり多くの部分で、
放出すべきでないところにエネルギーを放出していたのだろうと思います。
有意義なところに70%、無駄なところに50%。あわせて120%。
そういう賢くない、無駄づかいな生きかたをしてきたのでしょう。
しごとでも、プライベートでも。

わたしのこの課題は、どうやって克服していくべきなのか、
まだアイディアが思い浮かびません。

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