おちこむことorz

つらいです。コワイです。

断薬がはじまってからもう3週間? たぶんそのくらい。

最初はとても順調だったのに、10日ほど前から調子がおかしい。
(薬のせいかどうか、わからないけれど)

行きたかったはずの映画に無理やり行ってみる。
ひとりで行ったのが悪かったみたいで、上映後、さびしいきもちになる。
かと言って、ひとに会いたいとは決して思わない。
延ばし延ばしにしていたショッピングをしてみようかと思う。
すぐ目の前にある売り場の商品が、いくら手を伸ばしても手が届かないもののような気がする。
自分とはまったく関係のない、遠い物体に見える。
おいしいものをたらふく食べてみる。
とってもおいしくて、楽しい時間だったけれど、
食べ終わった後は、食べ過ぎてしまった罪悪感がほんのり漂う。
先週末はそんな感じでした。

なので、今週は、いろんな予定を中止にして、からっぽの時間を多くとってみた。
「“月のもの”がはじまってしまえば、またケロッとよくなるだろう」と、
つらい1週間ながらも、あまり深刻には考えていませんでした。

で、今週末になっても、ちっとも上向きになってこない。

先週に引き続いて再び、
週末にやっておきたいことを、ひとつ、またひとつと中止にした。

楽しみにしていたことが次々と中止になり、
なんだか荷が下りたようでほっとするのと、がっかりするのと。

幸い、家には録りためたビデオがいっぱいと、
読みたい雑誌がいっぱい買ってある。

でも、まったく手が伸びない。

それでも無理やり、
こころ暖まる人形アニメとか、
お笑い番組とか、
行きたい旅先の番組とかを見てみる。気分が晴れない。

やることがなくなったなら、せっかくだから、
少しは掃除に精を出したり、
母の家事でも手伝ってみようと、何度も思うけれど、からだが動かない。
家の中で、わたしだけが怠け者だ。
たとえ家事でも、楽しくないことでも、からだを動かしたら気が紛れるかも。
そう思うけれど、どうしても、どうしても行動に移せない。
それは、夏休みの最後に宿題をしなければならないこどものきもち。

そして、やることがなく、退屈。
退屈なのに、そのほかにやりたいことはなにもない。

母が外出して、ひとりになった途端、
悲しくて、むなしくて、情けなくて、
涙がどんどん溢れてきた。嗚咽が漏れてきた。

そんなにイヤなら、自分でなんとかすればいいのに!

自分に腹が立つ。バカみたい。それでも、なんにもしたくない。

もしかして、わたしはこのまま、また病気に戻るのかな……

すごく、コワイです。

来週、病院に行ってみようか???

実は、最近このブログが暗いトーンの話題ばかりなのも、気に入っていない。
でも、家族の前でも、友人の前でも、そして会社でも、
つらい自分を見せられない以上、ここでなにかを書いて、
少しでも自分を落ちつかせるしかないと思っています。

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先生以外は誰も理解しない。家族も、友人も。

この1週間ほど、けっこうダウナーです。

チャーチルの言う、「わたしの黒い犬」が来ています。

悲しい思い出ばかりが思い出されたり、
ウツウツイライラジメジメからどうしても抜け出せなかったり、
極度の疲労感に襲われたり、
どうしようもなく頭がボーーーーっとしたり。

そして極めつけは、
「自分の周囲のすべてのもの&できごとが、
透明な壁1枚隔てて、けっして触れられないように感じられる」

これ、うつの症状がひどかったころ、頻繁に感じていた感覚です。

ひどくツライので、
「あ~、調子悪い。かなり具合悪い」と口に出すのですが、
周囲のひとには到底、理解しがたいようです。

それに、誰かがまわりにいると、けっこう無意識のうちに、
しこたまガンバッテ、平静をつくろってしまうものです。

毎日、わたしと一緒にいる家族でさえ、
「え、ほんとにそうなの? 全然そういう風に見えないけど。」
「あ、具合悪かったんだ~。まったく、気がつかなかった。」
と、いつも不思議がっています。

何度、職場にうつ病であることを告白しようと思ったか……
「言ってしまえば楽になるのに!!」と、幾度も思いつめました。

結局、時間が解決するものだと、自分でもわかっています。

でも、確実に、調子が悪い。

この6日間で、
習いごとを2回お休みし、
友人との約束を2回キャンセルし、
友人からのお誘いを2度、断りました。

いろいろなことを軽減して、やっとのこと、保っています。

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怒り感情のコントロール

服薬を卒業したうれしさで飲みすぎてしまい、
明けがたから激しい頭痛と吐き気に襲われています。
今日の予定はすべて棒にふり、
家でおとなしく録画番組を見る始末に……反省しきりです。

昨晩はひさびさの友人とも会え、うれしいお酒の席でしたが、
ちょっとザンネンなできごともありました。
ほんとうにささいなことですが、わたしの怒りはカンタンにはおさまらず……

最近、どうもあまりうれしくないできごとが続きました。
どれもたわいないことですが、
一度着いたちいさな怒りの火は、すぐには消えてくれません。
それどころか、そのことで頭もこころもいっぱいになってしまい、
ほかのことが何も考えられなくなり、
しかもそのことが、いつまでも胸のうちでくすぶっています。

怒りを表現したい相手に対しては、
怒りの「い」の字も見せません。もののみごとに。
だから、余計にイヤな感情がなかなか消化できないらしい。

わたしの現在の生活は、
病前の「ふつうの」生活と比べると、
まるで無菌室のように、
ストレスや、ネガティブなできごとをシャットアウトしています。
日々を忙しく働き、自活生活あるいは家庭を支え、
会社や社会により大きく貢献しているひとたちが、
随時、直面しているプレッシャーやらいさかいやら摩擦やら、
そういうものからことごとく開放されている生活です。

そういう環境下にいるからこそ、
いまの自分を「心身健康」と認識できています。

でも、無菌状態のわたしは、だからこそ、「くだらないほど瑣末な」ストレスに弱い。

こういうネガティブな感情を上手にリリースする方法はないものでしょうか?

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頭にきても怒れないことば

「その程度に元気ならば、病気ではないと思うよ」
「あなたのその性格で病気になるはずがない」
「わたしだっていろいろあってけっこうつらいんだよねー」

主治医の先生は、
たとえば親友とか、家族だとか、相手が親しければ親しいほど、
かえってうつ病患者を傷つけることばを言うものなのだと言います。

一歩引いてみてみると、
冒頭の3つのことば、
それほど腹を立てることでも、
いちいち傷つくほどのものでもないような気がしますし、
まして発言した本人にまったく悪意がないのは、重々! わかっています。

それでも、わたしにとってはとても悲しく、とても腹立たしいことばでした。

もちろん、それを表面に表すことは一切しません。
なぜならば、どんなにことばを尽くしても、
おそらく、理解してもらえることはないから。
相手は病気のことを知らないのだから、ほんとうにしかたないのだ、とも思う。
だから、相手のことは、責められない。

でも、わたしの胸のうちは、こうです。

「その程度に元気ならば、病気ではないと思うよ」
→あなたに心配かけないために、わたしがどれだけ必死な思いで「元気」を取り繕っていると思ってるの???

「あなたのその性格で病気になるはずがない」
→でも、なっちゃったんだよ。まるで病気になったことが悪いことみたいに言わないで!

「わたしだっていろいろあってけっこうつらいんだよねー」
→人それぞれにつらいことがあるのはわかるけど、健常者のつらさとうつ病のつらさはまったく質が違うんだよー

そのほか、ここには書けないようなこともいろいろ言われてきました。
そのたびに、「しかたないよね」とずっと我慢してきたのですが……

ついに見過ごせなくなるできごとがありました。
さすがのわたしも、いままで積もり積もったものがあったので、
ちょっと声を荒げてしまった。

そのショックで眠れなくなってしまって、
週末はずっと不眠でした。
ここのところあまり調子がよくて、
いろいろなことをがんばりすぎて、
ちょっとオーバーロードになっていて、
それでもぜんぜん元気を保てていたのですが、
このできごとでガクッと来てしまって。
今日はしごとをお休みしました。半年で3回めのずる休みです。

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日常チョット越えの挑戦2―(ほぼ)初対面で1対1

平日は17時までしごと、週2回は習いごと、
週末はゴロゴロ、ときどき友だちと外出。

そんな日常のパターンをこなせるようになって半年。

正直なところ、いまはまだ、これでせいいっぱい。

そしてさらに正直なところ、
いまの生活にもの足りなさも感じる。

そんな思いを抱えていたこのごろですが、
ちょっとした偶然のめぐりあわせがあって、
日常生活をちょっとだけ越える2つのことにチャレンジしてみました。

ふたつめは「ほぼ初対面のひととの、1対1でのディナー」です。

彼はわたしが愛読しているブログの作者さん。
趣味から嗜好から経歴、住んでいる場所まで、
「まるでわたしの生きうつし???」なんて思うほど、
いろいろなことが共通していて、あまりに驚いたので、
ある日彼のブログにコメントを残し、そこから交流がはじまり、
昨年末は彼の主催する忘年会にまで呼んでいただいて、
一度は面通しをしていた仲でした。

先日、朝の通勤路で犬の散歩中の彼にバッタリ出会い、
そのときに「今度ごはんでも!」と約束していたのです。

とはいえ、ほとんど初対面の二人。
お互いのことをほとんど知らないので、
これまでの生活についてだとか、
好きなもののとこだとか、
いろいろ話すことはあって、
話題にはこと欠かない雰囲気で会食はスタート。

彼のほうがアクティブなタイプで、
話題の引き出しをたくさん持っているので、
わたしは主に聞き手にまわり、
要所要所で質問を投げながら3時間半ほど、話しこみました。

最初の2時間くらいは、
わたしもとても楽しい感じで
相手の話を興味深く聞いていたのですが、
実は今週のわたしはとても疲れていました。

前回の日記に書いたように、
先週末はずっと原稿執筆のしごとをしていたうえ、
習いごと(ダンス)の発表会を間近に控え、
今週はかなりシビアなレッスンもこなしていて、
こころもからだも、かなりぐったりとしていたところ、
カラ元気をかろうじて保っていたのですが、
相手は当然のことながら、
わたしがうつ病である事情も知らないわけで。

彼は某大手企業でいくつかのヒット作品を世に送り出しながら、
数年前に独立して、
いまやアジアのあちこちの国を跨いで活躍中の、とても優秀なひと。
勘も鋭く、頭脳も明晰なタイプなので、
だんだん、その回転の速さについていけなくなってきました。

いきいきとした彼に比べ、
自分のスケールの小ささとか、頭の鈍さとか、
引け目に感じる時間がだんだん増えてきて、
うまく気のきいた受け答えもできず、
「彼は実は退屈していないだろうか?」
「彼はわたしに会ってがっかりしたのではないか?」と、
頭の片隅でチラチラと考えながら、
だんだんと話にも上の空になり、
ますますマイナス思考が頭をもたげる悪循環。

新しい人と友だちになるなんて、
ほんとうに久しぶりのことだったので、
楽しかったのが半分、
自分で自分がイヤになってしまったのが半分、
そんなきもちで帰途に着きました。

このような場合、
わたしは、自分が充分に楽しめなかったことより、
相手が楽しめなかったこと、あるいは
相手にとって自分が魅力的に見えなかったことに、
ひどく落ちこむのです。今晩も然り。
そう、とても他人本位な生きかたです。

落ちついてよく考えると、
「彼だってあのとき、こんな言いかたすることなかったじゃない」とか、
「彼だって別に、他人をとやかく言えるほど完璧なひとじゃない」とか、
確かにそんな点もあったりして、
いちいち自分を責めて落ちこむ悪い癖は、
ほんとうによくないと思いました。

でも、今回のことでよくわかったこと。

わたしは新しい友人を増やすほどには、
まだエネルギーが回復していないということ。
まして、恋愛するには、まだとても準備が整っていないということ。

闘病生活はもう終わった、と思っていましたが、
決められた日常をちょっと逸脱した行動に出れば、
たちまち自分を消耗してしまい、
もとのとおりに立て直すのはたいへんなんだということを、
しっかり確認しました。

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怒涛の年末進行

年末年始に9日間のお休みをとったところ、
まるでいやがらせのように年末進行を宣告されました。

毎日、可能な限り、
からだのもつ限り、
残業してほしいそうです。

病体に鞭打って……ガンバリます。

病院で、抗不安剤もらってくればよかった……

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「甘えてる……」が頭をめぐる

今日は3週間ぶりの診察日。

この数日間の疲れを、
動悸が出るほどのストレスを、
いまの状態(しごとのストレスとプレッシャー)がいつまで続くのかに対する不安を、
いろいろ話してみました。

主治医の先生は、
「でも、そうは言っても、こちらから見ていると、
nikitaさんはどう見ても、前回より元気になってきていますね」

毎回、診察のたびに感じていることですが、
心療内科の先生というのは、
患者の言うことを額面通りには受け取っていません。
発言の裏にあること、
あるいは客観的な事実、
もしかすると表情や目線(これをnon-verbal languageって言うのかな?)、
そういったものからわたしたちの状況を汲み取ってくれています。

そうか、わたしは自分で思っているほど悪くはない、
もちろん、まだまだこころの障害はあるにせよ、
ゆっくりとしたスピードで、でも確実に快方に向かっている。

そういうことがわかって、ひとまず安心。
けれど、主治医の先生に同情して慰めてほしいわけではなかったのですが、
このつらさを訴えるところがほかに無くて、
わたしはそれでも、主治医の先生に喰らいついていきました。

「だって……あんなことも、こんなこともあって……
疲れているんです。元気が出ないんです」

言いながら、自分の頭のなかで、
「甘えてる……わたしは甘えてるだけだ……」ということばが、
ぐるぐるぐるぐる巡りました。

自分のしぐさ、表情、口調が、
客観的に見てすごくいやな感じだった。

そんなにつらいならば、
何度も主治医の先生に言われているように、
「しごとを休む」という選択肢があるにはあるのですが、
一度、この方法を使ってしまうと、
あとはとめどもなく使い続けてしまいそうで、
不安なことを、最後に話しました。

「やれるところまで最大限がんばったあとに、
一度、足を止めてしまったらもう二度と立ち直れないのではないか?
そういう発言をするひとは間違いなく、
必要以上にがんばりすぎているひとです。
ふだんから、のらりくらりと生きているひとからは、
そういう発想は出ないものです。
こういうやりかたをしているひとは、倒れちゃいますよ」

「休む=しごとを拒否する」ということに、
いちばんエネルギーを使ってしまうわたし。
無理してしごとを果たすこと以上に、負担のかかること。

でも、主治医の先生から「どこも悪くない」と
お墨つきをいただいた以上、
この方法をうまく使いながら続けていくしかないのです。
この先、二度とこんな病気になってしまわないように、一生。

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ダイスキなのに、欠席

ダイスキなダンス教室を、今日はお休みしましたorz

しごとで、頭がクシャクシャして……
レッスンに行けばそんなことも忘れて、
スカッとしたきもちをとり戻せるのはわかっているのですが、
今週は休養を選択。

休みたくてもどうしても休めないしごとのかわりに、
休みやすいところで「お休みします」という勇気を使っておきます。

“to go”か“not to go”か、
賢く選ぶことも身につけないと。

楽しいことをお休みしたのに、妙に解放感!

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まだちょっと早かった忘年会

わたしには、ネットの海の中で知りあった、
とても魅力的でステキなおともだちがひとり、います。

とてもオープンで、やわらかくて、好奇心旺盛で、
人生を愉しんでいる、ステキなひと。

彼が、自分の経営する会社の忘年会へ呼んでくれたので、
顔を出してみました。

知らない人ばかりのなかに入っていくことも、もうこわくないし、
たまにはこんなことがあっても、いいよね。
わたしも、とても楽しみにして出かけていきました。

……なのに。なのに。

なんだか大失敗。

誰ともうまく溶けこめない。
誰ともうまく話せない。
誰にも自分のことを上手に表現できない。
誰にも魅力的だと思ってもらえない。
だから、誰もわたしに話しかけてくれない。

誰と話しても、会話がちぐはぐで、
誰もがわたしを見て怪訝な顔をする……

少なくとも、わたしには、そう思えました。

愉しんでいない自分がとても場違いで、
とても恥ずかしくて、みじめだった……

みんなには、とても自然に、とてもふつうにできることが、
わたしには、まだ、できない。

こういう場に参加するには、
まだわたしのこころは準備ができていなかったみたい。

忘年会の名の通り、
早く今年のことは忘れてしまいたいです。

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プライベートは? いろいろあるでしょ??

客観的にも、主観的にも、
なにもかもが順調に病状回復しています。

そう思っていたし、
実際そうなのだろうと思います。

いまの段階で、できているべきこともきちんとやっている。

でも、あるひとのちいさなひとことで、つまづきました。

「nikitaちゃんって、最近忙しいの?」
「いえいえ、ぜんぜんそんなことないですよ。しごと5時終わりですもん」
「いやいや、そういうことじゃないよ。その後の話。
飲みに行くとか、ショッピング行くとか、プライベートでさ」
「………。」

いまのわたし、そんなにたくさんのことはできない。
たくさんのことをしなきゃ、とも、したい、とも思うことができない。
毎日、しごとに行くためのエネルギーを保つので、せいいっぱい。
ただ、それができることだけで、充分だと思ってた……

でも、ふつうのひとは、そうではない。
人生それだけなんてこと、決してありえない。
きちんとお勤めをして、社会人としての務めを果たしながら、
いろいろなひとと、いろいろなところで、いろいろなことをして、愉しんで、
それで生活ができあがっている。

わたしのいまの生活って……なんだろう?

たいしたしごとをしているわけでもないのに、
それにかかりっきりになって、
しごとが終わっても誰とも会わず、どこにも行かず、
ただ家に帰ってテレビを見て寝るだけの毎日。
娯楽と名のつくものなんて、おおよそない毎日。
つまらない毎日。
つまらないひと。

急激にに自分の毎日が、自分自身が、色あせて見えて、
とてもつらい瞬間でした。

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