症状をふりかえって

闘病明けて、新年…そして近況報告 [寛解後の記録とまとめ・その1]

謹賀新年。闘病生活を終え、やっと健康人としての新年を迎えました。
後厄も終え、凶事は昨晩限りできれいに過ぎ去ってくれたはず。

「寛解」との診断を受け、治療を終了してから、
1度もブログを更新しませんでした。
昨年のスケジュール帳を繰れば、最終診察日は7月28日。
「病気」でなくなってから、実に5か月が経過したことになります。

治療終了を機にブログを終えるつもりはありませんでしたし、
投薬や診察の終了が「万全な回復」を示しているわけではないのは重々承知、
むしろこれからの生きかたが大事、との思いはありましたが、
待ちに待った闘病生活の終わりを迎え、「もう病気から離れたい」とのきもちもありました。

また、堰を切ったようにいろいろなことがしたくなり、
時間を見つけては映画を見たり踊りに行ったり、ライブを見たり、お酒を飲んだり、とても忙しくなり……。
しごと量もたくさんこなせるようになってきましたし、
ひさしぶりに好きな人ができ、時間だけでなく、きもちもいっぱいになってました。
(思いは実らなかったけれど、病中のわたしからしてみれば、恋するとはこれ、大きな進歩!!)

生きる喜びを謳歌できるって、ほんとにいいですね。
多くのひとからしてみれば、なにも特別なことはしていない、
いたって平凡で地味な生活ですが、わたしの視界には、世界は美しく甦ったのです。

さて、とは言っても、
「病後」の自分が100%バラ色、などということでは到底あるわけもなく、
現在でもいくつかの症状に引き続き悩まされ、改善の気配もなく、
「これはもう一生治らないのでは?」と薄々感づきはじめたりしています。
闘病中はとかく、治療の終了を最終目標に設定してしまいがちですが、
うつ病とは、いまのわたしの感覚が正しければ、「一生つきあう病気」なのだということ、
新年というこの改まった時季に、自分の頭を整理する意味でも、
「寛解後」の症状について、何日かをかけてまとめてみたいと思います。

まずは、治療終了日の診察について。

この日は2度目の「箱庭療法」の結果を聞きました。
過去の日記を読み返すと、箱庭を作成する作業は、
1度目に比べ、ずいぶんとスムーズに楽にできた様子。
主治医の先生も「とても元気になっていますね」と太鼓判でした。

1度目の箱庭療法では、荒涼としたさびしい情景を造形したわたしが、
今回は色彩もオブジェクトもたくさん用いて、にぎやかで楽しい造形ができたこと。
これは心身ともとても健康になってきている印、とのことでした。

ただ、主治医の先生は、何を判断材料にしたのかは伏せながら、
今回のわたしの箱庭は、
「“がんばりたい”という意欲が確かにあるのに、実際はがんばることができないでいる」
そんな状態を示しているとおっしゃっていました。

「けっこう元気なんだけど、いま一歩踏み出せないんだよね。」

こんな状態は、いまでも続いています。
単なる怠け癖とも言いますが(笑)、
やっぱり自分に自信がなく、踏み出すことで傷ついたり折れてしまったりすることを、
とても恐れているのだと思います。
これは、傷ついたり折れてしまったりする事実そのものよりも、
そんな状況に面したとき、自分に乗り越える力がないのではないか? という恐れです。

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突然の最終宣告

「では、1ヶ月後に、あと1回だけ診察しておしまいにしましょう。」

今日の診察でいきなりの「最終通告」を受けました。
主治医の先生は、
もうわたしが相当、元気を回復していると見ているようです。
順調にいけば、次回の診察を最後に、通院卒業です。

さて、それを聞いたわたしは、
小躍りして喜んだでしょうか???

長かった通院。治療。
道のりがこんなに遠いものだとは、思っても見ませんでした。
はやく完治が認められて、はやく服薬も卒業して、はやく健常者に戻りたい。

ずっと、そう願ってきたはずなのですが……

診察室でのわたしは、
モヤモヤとした不安とほんの少しの落胆がない交ぜになって、
胸のなかに黒い雨雲がムクムクと広がっていきました。

なぜなら、いままでのわたしの苦しみ、不安、悲しさ……
そういったものをしっかり理解して、きちんと受け止めてくださったのは、
主治医の先生よりほか、いなかったからです。

もっとも、最近の診察では、わたしは毎回、
「変わりありません。元気です。とくに話すこともないです」
などと言って、意味があるのかないのかわからないような診察を、
ものの5分で切り上げる始末でした。

けれど。

定期的に主治医の先生に診てもらえる、話を聞いてもらえる、
という安心感は、わたしにとってとても大きな支えで、
最後に逃げ込める砦のようなものでもあったわけです。

これを予想していたより早く、しかも突然に失うことは、
それほどうれしいことでもないような気がして。複雑です。

自分でも想像していなかったこころの動き。
正直、「まだ甘えていたい」というきもちがあるのかもしれない。
でも、それをおくびにも出さずに、至ってクールに、
主治医の先生にはお別れを告げるのでしょう……わたしって、カワイクナイ!

ところで、今日は2度めの「箱庭療法」を行いました。

迷ったり、考えこんだり、億劫になったりすることもなく、
前回と比べて、1/3ほどの時間でパパッと完成しました。

テーマは「プランテーションを営む南国の幸せな小島」。

前回に引き続き、完成品をパチリ! しようとしたら、
またしてもカメラのバッテリーが切れていた……(涙)

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ヤッタ!! の減薬その5…いきなりビックリ

うつ病に関して書きたいネタがたくさんあって、
メモはいろいろ取ってあるのですが、どうも筆が止まっています。

今日はそのメモを差し置いて、重大な変化発生。

2週間前に半量に減らしたばかりの抗うつ薬なのですが、

デプロメール 25mg⇒0mg/日
アモキサン 10mg⇒0mg/日

そう、服薬そのものがいきなり卒業となりました。

「ま、ちょっと薬止めてみますかっ。」

主治医の先生の笑顔交じりの軽~いひとことで、いきなり終了宣言です☆

あまりにあっけなすぎて、
「え、ダイジョブなの???」という一抹の不安もあり、
なんだか感慨も湧いてきません。

そのかわり、次回の診察でもう一度、「箱庭療法」をやるそうです。

ところで、愛読している某精神科医のブログを読んでいて、
長い間の疑問がスパッと解けました。

なぜ、いままでわたしの先生が、
わたしに正確な病名(うつ病)を告げなかったのか?
なぜ、診断書にはいつも、「うつ状態」としか書いていないのか?

それにもきちんと、理由があったそうです。

あまりに目からウロコだったので、
その先生にコメントを寄せてみたら、

「あとから過去(病状のひどかったころ)をふり返ってみて、
『やっぱりあのとき、自分は病気だったのだ』と、
きちんと思えるようになったということは、元気になった証拠ですよ」

というお答えが。うんうん、元気になったのですね。

わたし自身が、「元気になった」と素直に思えるようになったのは、
もちろん事実として元気になったということもありますが、
ひとつには「元気になった」と認定するハードルを下げたから、というのもあります。

やっと最近になって「完全な病前の状態をとり戻す」ことに
こだわらなくなったというか、あきらめがつきました。
そのことに対して、それほど悲観的な気分でもありません。

これからどうやって生きていくのか、
まだあまりはっきり考えていませんが、
まずはあまり先のことは考えないことにします。
あと、この先、もっと元気になるかもしれない、という希望は、
まだ完全には捨てずに、どこかで持っていようと思います。

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ヤッタ!! の減薬・その3飛んでその4

減薬が順調に進んでいます。
このところは、離脱症状も特にないです。

昨晩の診察で、減薬は第4段階に突入。

現在の処方は;
デプロメール 50mg⇒25mg
アモキサン 20mg⇒10mg

今回は、一気に半量にまで下がりました。
また、アモキサンだけでなく、デプロメールも減量に入りました。

自覚症状としてはあまりないのですが、
身体検査すると、長期の服薬がからだのいろいろなところに
ダメージを与えているのがわかります。
なので、ほんとうに早く薬を卒業したい。
でも、薬のおかげでうつ病を克服できたのは事実ですし、
あまり急いだ結果、ぶり返して、いままでの努力が無駄になるのもコワイ。

毎回、主治医の先生に「薬減らしたいですか?」と聞かれると、
ほんとうに答えに窮するんです!

ところで、減薬第3段階開始時から、少しだけダイエットもしていて、
現在2ヵ月半で、-2.5kgです。
病前体重まであと-5kg、できれば-7kgできると、過去の自己ベスト体重です。

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箱庭療法・結果

前回の診察で「箱庭療法」なるものを行ったのですが、
今回はその結果を聞きたく、診察の日を楽しみにしていました。

で、結果的には、主治医の先生から
それほど具体的な報告は聞かれませんでした。

「このセラピーからそんなに細かいことがわかるわけではないんです」

と、おっしゃっていました。

もちろん、それはきっとそうなのだとは思いますが、
主治医の先生は(おそらく世の中の精神科の医者がみなそうであるように)、
必ずしもいつも「事実」を述べてくださるわけではないので、
「ほんとかな~?」なんていう思いも、どこかにありましたが。
(先生の名誉のために書きますが、別に先生がうそつきと言うことではなく、
患者を安心させたり納得させたりするために、さまざまな「方便」を使うことがよくあるということです。)

さて、箱庭療法を行った目的は、やはり、
「わたしがほんとうによくなったのかどうか?」を確かめるためだったそうです。
いままで1年間、問診による診察しか行っていなかったので、
「なぜこのタイミングで?」と意外でした。

そして、箱庭療法の結果ですが、
現在のわたしの状態は「健康的」「穏やか」だそうです。
また、わたしが行ったように、
色彩的にも意匠的にも、
徹底して統一したトーンの素材だけを使って箱庭を製作するケースは、
けっこう珍しいらしいです。

診断報告は、だいたいこんなところです。

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マカフシギ箱庭療法

今週の診察後、主治医の先生からおもむろに、
「今日、5分くらい時間ありますか?」と聞かれました。

ほんとうはディナーの待ち合わせがあったけれど、
先生いわく、心理テストをするというので、ガゼン興味津津。
5分ならダイジョウブだろう、と気軽に受けてみることに。

「では、こちらへ」と案内され、別室に通されると……
?!?!?!
壁面いっぱいに置かれた棚には、
ちいさなフィギュアがぎっしり。ここは先生の趣味部屋デショウカ?!

もちろんそんなことはなく、
これがうわさに聞く「箱庭療法」なるものを行う部屋だったのです。

箱庭療法について簡単に調べてみたのですが、
箱庭療法とは、
砂を敷いた箱の中に、患者が自由に世界観を表現する療法で、
これを行う場所にはさまざまなおもちゃが準備されており、
(おもちゃは、人間や動物、植物や自動車、建物などの模型です)
砂を掘ったり盛りあげたりして自由に成型するほか、
これらのおもちゃを好きなように使って、
平たく言えばジオラマのようなものを製作する作業です。

このセラピーの目的は、
1)患者の中にある、言語化できない感情や意識を読み取る
2)無心な遊びの要素を通じて、患者のこころを癒す
ということのようです。

主治医の先生がおっしゃるには、
重度のうつ病患者にとっては、このような作業は大きな負担となり、
作業そのものを楽しむことができないということ。
気楽に楽しんでやってください、ということで、
いざ、箱庭療法がスタートしました。

わたしはこういったことには美意識が高いほうなので、
いかにディナーの約束があろうとも、
いい加減なものをつくることは許しがたいので、
けっこうはりきって作業に取り組みました。
(楽しむことよりも、義務感のほうが強かったです)

まず、あまたある種々雑多なフィギュアのなかから、
色彩的にもスケール的にも、モノ的にも、
統一感のつくれそうなものを選んでいきます。

テーマは「中国のいなか(水墨画のような景色)」に決めました。

箱の中に敷かれた砂をより分けて、
川をつくり、平地をつくり、丘をつくり、
くすんだ緑の木々を植え、陶器の民家を建て、
川には木製の橋をかけ、すれ違ういかだや船を浮かべ、
川べりでおしゃべりに興じる仙人を2人。

木の下にはあお向けに寝そべる子犬が1匹。
(これはこの地に旅してきたわたしです!)

つくり終わると、筆記シートへの記入作業があり、
自分の作業を簡単に解説します。

そこには、何を表現したかったのか、
思い通りに表現することができたか、
その他感想などを書きこみます。

さて、わたしのつくった風景は、
わたしのなかの何を示しているのでしょうか?
次回の診察で聞くのが楽しみです。

また、その際にもうひとつ知りたいのは、
なぜ、このタイミングでこの療法を行ったのか? ということ。
主治医の先生は、わたしの言語情報からだけでは、
正確な病状を読み取ることはできないと判断されたのでしょうか?
たしかに、わたしは最近の診察では
「元気です」「ふつうです」、こればかりしか言っていませんから……

ちなみに、当然のことなのですが、
この日、箱庭療法を5分で終えるなどという荒業は
わたしにはとてもやり遂げることはできず、
ディナーには遅刻してしまいました!

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病気が治る≠元気になる、あるいは元に戻る

主治医の先生は、わたしを診察してくれているこの1年のうち、
ただの一度たりともわたしに病名「うつ病」を告げてくれたことはありません。

何度か出していただいた診断書にも、
ただの一度たりとも、「うつ病」と書かれていたことはありません。
(その代わり、「うつ状態」と書かれていました。)

でも、昨日の診察のときに、見えたのです。

わたしのカルテの表紙に大きく「うつ病」と書かれているのを。

当然のことなのですが、
わたしはきちんと、病気だったのです。
単なる逃避のために病気のふりをしたわけでもなく、
ほんとうは健常者なのに、
病気を盾に自分の弱さを正当化したわけでも、ないのです。

それが、きちんとわかって、よかった。

それならば、「病気が治るとき」というのも当然、訪れてくれるはずで。

ずっともやもやしていたことを、聞いてみました。

わたしの、いまのこの状態。
これが果たして「治った」という状態なのか、を。

薬を飲まなくなったときにも、
いまの状態を保っているのであれば、
それは「完治した」ということなのですか?

先生は、言いました。

「実際のところは、現在もうすでに、薬を飲んでも飲まなくても、
いまの状態には何も変化は起こらないと言えます。
もうあなたは、すでに治っているのです。」

ということは、この先もこれ以上によくなるということはないのですか?

先生は、言いました。

「薬のちからでこれ以上、よくなるということはありません。」

いいえ、それは違います。
いまのわたしは、確かに元気です。
病気の症状も、消えてなくなりました(ほとんど、ね)
けれど、病気以前の状態を取り戻したかといえば、
それとはまだほど遠い状態です。
例えばいますぐに、以前と同じような生活をしろと言われたら、
それは到底、不可能なことなのです。
以前のような環境でしごとをしたり、
以前のように充実したプライベートの生活を送る、ということは。

以前と同じ生活スタイルを送ることにはこだわりません。
そういったことは別にしても、
端的に言えば、生きるエネルギーのレベルで、
とてもでないですが、まだまだ元気を取り戻したとは言えないのです。

先生は、言いました。

「そういった“不全感(うん! まさにそのことばがぴったりです)”を訴える患者さんは、多いのです。
これから1年2年かけて、自然とそれを取り戻していくひともたくさんいますが……」

わたしがうっすらと感じていた予感は、やはり正しかった。

病気から回復する=健康を取り戻す、あるいは以前のレベルにまで元気になる

では、ないのです。

がっくりと首をうなだれるわたしに、
主治医の先生は言いました。

「うつ病になる患者さんはそもそも病気になる前、
自分のキャパシティを超えて120%のちからでがんばっているひとが多いのです。
その状態こそが、そもそも本来のあるべき姿ではないのです。
これからは、少したづなを緩めて、
本来の100%のちからで生きていくことをしていけばいいのではないですか?」

いえいえ、先生、それはほんとうに違います!!!

わたしはもともと、だらだらしているのがダイスキな人間です。
なにもしていない、無駄な時間をある程度確保しないと、からだがもたない人間です。

わたしの友人はみんなみんな、
わたしよりも、
しごとでたくさんのパフォーマンスをし、
その余力でさらに、
プライベートであんなことやこんなこと、いろいろこなして、
それでもからだを潰さずに、元気でやっています。

わたしはいつも、そんな彼らをうらやましく思いながら、
彼らの70%くらいの充実度で毎日、暮らしていたくらいです。
120%がんばっていたなんて、とてもとても……
もっともっといろんなことができるのに、したいのに、と思いながら、
ダラダラと無為に日々を過ごしていたのです。

こんなわたしに、もっとゆるく生きろと言うのは、ほんと酷です……。
いまの過ごしかたが、ほんとうに一生続くの?????

……もし先生の言うことがほんとうなのだとしたら、
もし病前のわたしが120%のがんばりで生きていたと言うなら、
わたしはおそらく、かなり多くの部分で、
放出すべきでないところにエネルギーを放出していたのだろうと思います。
有意義なところに70%、無駄なところに50%。あわせて120%。
そういう賢くない、無駄づかいな生きかたをしてきたのでしょう。
しごとでも、プライベートでも。

わたしのこの課題は、どうやって克服していくべきなのか、
まだアイディアが思い浮かびません。

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減薬は続行です

2度目の減薬を開始してからの2週間、
うつ病発病期を髣髴とさせる恐ろしい状況が続きました。
激しい倦怠感に集中力や思考力の低下、
睡眠時の中途覚醒に、ときどきの動悸。

習い事のダンスは3回続けてお休み、
ついに仕事も1回、半休をいただき、
次の診察日を待たずに病院へ行こうかと何度も考えました。
しかし昨日の診察では「問題なし」と一蹴されました。

では、つらい不調の原因は?
・減薬に伴う一時的なゆり戻し
・PMS(月経前症候群)との時期的重なり
・季節の変わりめによる不調
・無理な活動による疲れ

これらが複合的に重なって起こったものとのこと。

症状が決定的に重くなったきっかけなのですが、
ある夜、ダンス教室の帰りに飲みに行き、
帰宅が遅くなったことであることを告げると、
主治医の先生は「それは動きすぎです」と一括。

それでも、せっかくはじまった減薬を中断するのはもったいないので、
このまま続行します、とのことです。

このところ、
薬の効きめを実感しなくなるほど好調が続いていましたが、
実はまだまだ薬の効果に頼っていることが、
自分でもよーくわかりました。
季節の変わりめというのも非常に納得です。

日を追って春めいてくる陽気に、
ウキウキと浮き立つ気分が湧いてくる反面、
底はかとなく不安や憂鬱な気分に襲われることが多いこのごろ。
ちょうどうつ病を発症したのが春の盛りだったので、
そんなことをどこかで思い出しているのかもしれません。

エネルギーは8分めにセーブすることに留意し、
せっかくの春を満喫できるようにしたいと思います。

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ヤッタ!! ではなかった減薬・その3

実は先々週の金曜日から、減薬の2段階めに入りました。
はやく薬を止めたくてしかたのなかったわたしは、
「しめしめ、これで順調に薬断ちができるノダ!」と、
ルンルン気分でいたのですが……

わたしが薬を止めたい最大の理由は、
副作用に伴って、6kgも増えてしまった体重を早くもとに戻したいから。
それに付随して、とても不健康な便秘を解消したいから。

現在の処方は:
デプロメール=50mg/日
アモキサン=40mg⇒30mg/日

第2の減薬開始からはや10日経ちましたが、
あきらかに便秘に対してはよき効果が現れてきています。
体重は、まったくかわらず(理由は、このあとに)

そして、先週のはじめから、
しごとのはかどりかたに少し変化が現れました。

すぐに気が散る、
集中力が続かない、
うっかりミスや、頼まれたことをすっかり忘れる、
思考がぼんやりする、
些細な点でつまずく、
それで少々イライラする、
イライラを食べることで解消しようとする、
全体的にやや気力が足りないかんじ。

最初は寝不足かな? それともPMS? と、
あまり気にしていませんでしたが、
それが5日も続いたころにようやく、
「もしかしたら、これって減薬のせいかも???」
という考えがよぎりました……

ついに金曜日にはエンジン切れ。

夜のダンス教室も、そのあとの遊びの予定も急遽、キャンセル。

週末も、歯も磨かず顔も洗わず、
1日パジャマで外へ一歩も出ず、の状態で過ごしました。
これはかなりひさしぶりの現象。
それでも「この週末は物足りなかった」感を少々覚えたくらいなので、
うつ状態としては深刻なものではないと判断。

これも、からだからの「無理するな」のサインだと思い、
翌週に差し支えないよう、おとなしく過ごしました。

そして、今日の出勤日。

午前中は調子よく過ごしましたが、
予定外にみるみるしごとが立てこんできて、
頭が真っ白に……胸がムカつく……息が苦しい……。

春が来て、ちょっとうつに陥りやすいのでしょうか?
そういう、季節の問題でしょうか?
それにしても、症状がPMSによく似ているので、
判断がつきかねます……

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ヤッタ!! ではなかった減薬 その2

アモキサンの減薬を開始して2週間後の診察日。

その間、薬の減量による障害も何ら見られなかったので、
今週はさらに減薬できるのではないか? なんて
かすかに期待を抱きながら病院へ向かったわたしに、
とてもショックなお話が待っていました。

どうやらわたしの想像以上に、
減薬の過程には長い時間がかかるそうです。

前回の減量はほんの10mgだったのですが、
このままの処方をあと4ヶ月、続けるとのお話。

4ヶ月後からまた少しずつ、減らしていくそうです。

あと2ヶ月半でわたしの闘病期間も1年を迎えますが、
いったい「完治」の診断が下るのはいつのことなのでしょうか?

その日がわたしのイメージしていたよりも、
はるか遠くに引き離されてしまって、
ショックのあまり、涙がにじんできました。

主治医の先生の話では、
病状がよくなってから少なくとも4、5ヶ月は服薬を続けることが、
再発予防のための大切なプロセスなのだそうです。

そう言われてしまえば、
「飲みたくない」などとは到底、口にすることはできません。
再発を防ぐことは、どんなことよりも、譲れないことですから。

また、再発防止のために服薬の継続が重要であるということは、
先日ご紹介した「うつノート」にも、しっかり記されていました。

本格的なダイエット開始は、また当分お預けのようです。

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こころ? それともカラダ? 個人差の大きい症状

実は前回の日記で、一緒にカフェでパフェを食べたのは、
わたしの元同僚であり、うつ病仲間でもあるひとです。
(同じ部署のわたしと彼は、ほぼ同時期にうつ病を発症したのです)

彼といろいろ話をしていていつも思うのは、
「いったい、彼のどこがうつ病なんだろう?」ということ。

同じうつ病のわたしが見てこう思うのだから、
他人に病状を認識してもらうということがどれだけ困難か、
想像に難くありません。ほんとうにむずかしい病気です。

わたしが彼のうつ病を理解できない理由についてですが、
同じ職場環境と似たようなストレスを経過して病気を発症したにも関わらず、
わたしと彼の症状にはちっとも似た点がないことが挙げられます。

彼はどちらかというと客観的にも見えるからだの症状、
微熱や動悸や吐き気、手足の不快症状が出ています。

わたしにはからだの症状はほとんどなく、
自責や無気力、判断力や思考力の欠如がメインの症状です。
人づきあい、思考を要する作業、クリエイティブなしごと、
とっさの対応、混みいった事がらなどがとても苦手になりました。

お互いがお互いのなかに自分と類似した症状を見ないので、
お互いがお互いを「けっこう元気」だと思っています。

わたしは積極的に「同病なかま」を増やすことはしていませんが、
こんな身近な事例を見ても、
うつ病の症状には個人差がとても大きいことがわかります。

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ヤッタ! 減薬!! その1

今日はひさしぶりの診察日。

少々のハードワークにも耐えられるようになった自分を報告し、
無事に、減薬にこぎつけました!!!

うつ病になりたてのころ、
治療にこんな長期間を要するとは思わなかったので、
ここまでの道のりは遠かったです。

具体的な処方内容は:
デプロメール 50mg/日
アモキサン 40mg/日 ⇒10mg減

ここ2回ほどは月1回の診察になっていましたが、
減薬の予後を心配してか、次回の診察は2週間後に。

ただし、その後主治医の先生に言い渡された注意事項は、
わたしのうつ病の病原ともいえる部分を厳しく指摘したもの。

いわく、
×元気になったので、いっしょうけんめい働く
○元気になったので、余暇を存分に遊ぶ(しごとは、のらりくらり)

何度言われても、これがなかなか守れないのです。

病院の帰り道、ふと思いました。

わたしはなぜ、いざ、しごととなるとベストを尽くそうとしてしまうのか?

それは、「責任」「達成感」という大義のため???

いえ、もしかしたら意外とそんなかっこいいものではなくて、
単に「ひとからデキると思われたい」、
「できない自分がかっこ悪くて許せない」なんていう
陳腐な理由によるものかもしれない、
自分もたいしたことないなぁ、なんてぼんやり思いました。

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動悸再燃

うつ病勃発期にわたしを苦しめた、動悸。

精神的に追いこまれると、
息があがってしまって、ずいぶん苦しみました。

よくストレスなどで過呼吸になると聞きますが、
ストレスと呼吸が関係しているなんて、
生まれて32年間、体験したこともありませんでした。

で、ここ最近なのですが、
動悸といわないまでも、
ちょっと息苦しい瞬間があります。
ふと、症状のひどかったころがフラッシュバックします。

どんなときに息苦しいかというと、
やるべきしごとが溜まって、
どれから手をつけていいかわからないとき、
しごとが思うように進められないとき、
自分のダメさ加減に気づくとき
(「“ふつうのひと”なら○×なのに……」と考え出してしまう)。

相当ストレスやプレッシャーに弱くなっている自分が、
とるにたらないことで動揺して、
きもちばっかり焦って焦って、空回りしてしまいます。

やるべきことに対するいやいやな義務感が募って、
それが達成できないことに焦り、
いまの自分には得がたい能力や気力が欠如していることについて焦り、
そのうえ、うつ病になった自分へのコンプレックスが重なって、
いくつもいくつもぐるぐるめぐって、息が上がるのです。

実はいまのしごと、少し性質が変わってきたのです。
いままでのルーティンワークと異なることがイレギュラーに発生して、
複数のタスクを並行させて行わなければいけなかったり、
オフィス外とやりとりしたりするようなしごとが少しずつ出てきて、
いまのわたしには対処しきれない。

でも、会社の人に、病気のこと、話せない。
話せないから、できません、と言えない。
だって、病気でもないのに、
この程度のことができなかったら、
相当、無能なひとだもの!

主治医の先生に相談したいけれど、
うまく整理して話せそうにありません。

どうしよう!

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呼吸するにもエネルギーが要るように

今週はなんだか、つまらないことばかり、日記に書いています。
でも、ついでだから、こころのモヤモヤを、もう少し。

わたしが思ううつ病の病巣は、
ひとことで言うと、
「こころのエネルギー」を失うこと。

わたしはいま、ふつうの健康なひととほとんど遜色ないくらい、
その「こころのエネルギー」は回復していると思っていて、
主治医の先生にも「8割がたよくなりました」と言っているほどです。

でも、やっぱり、そうではないんだな、
ということに気づかされるできごとが、今週は多かったのです。

こころのエネルギー。

健康なひとには、その自覚はあまりないことと思います。
わたしもこの病気になるまで、
その概念すら、存在すら、気づくことはなかったのです。

もちろん、誰にだって、
元気の出ないときや、落ちこむ時はあるけれど、
そういうものとは、次元の違う話。

誰かと、話をする。
映画や本を、愉しんで読む。
どこかへ出かけたいと思う。
しごとにやりがいを感じる。
気晴らしをする。
なにか、新しいこと、初めての出会いに遭遇する。

ふつうに生活していたら、
自然と触れあっている、「なにか楽しいこと」。

そんなことに、こころのエネルギーを消費するってこと、
元気なときにはなかなか気づくことはできないものです。

そう、それは喩えて言うならば、
生きていくための呼吸にエネルギーを使うように。

健康なひとは「呼吸」をしていることを自覚することはないけれど、
健康に問題を抱えるあるひとにとっては、
それすら困難を感じるかもしれない。
それすらありがたいことかもしれない。
そういうようなこと。

「愉しむこと」が困難になるなんて。
「愉しむこと」が苦痛になるなんて。

ふつうのひとが、あたりまえにできていること、
けれどあたりまえすぎて、
「できていること」にすら気づいていないこと、
そういうことが、いまのわたしには、できないのです。

……だけど、「ふつうのひと」って一体なんだろう?
「ふつうのひと」がうらやましいなんて、
そんなバカバカしい考えは、なくしたほうがいいのかもしれません。

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試験のできばえ

2

創設されたばかりのビジネス中国語の試験(C-TEST)を受けてきました。

中国語能力そのものはだいぶ錆びついてしまっているので、
できばえそのものにはそれほど期待していませんでしたが、
試験時間2時間半という長さに、けっこうな苦戦を強いられました……

わたしが現在しているアルバイトは、中国語ニュースの翻訳。
毎日、朝から夕方まで中国語に対峙しているので、
試験自体はそれほど苦にならないだろうと思っていたのですが、
今日はひさびさに「ああ、わたしってウツ病患者だったよねぇ」と
思い知ることになりました。

明らかに、試験に意識を集中できない自分。

何度も何度も自分を奮い立たせてみるのですが、
どこかいまひとつ、試験問題のなかに意識が入っていかない。

懸命に目を凝らして長文問題を読むのですが、
字面のうえを視線が滑っていくだけで、
内容が頭に入ってこないのです。
何度も読み返して、やっと単語の羅列だけは理解しても、
果たしてその文章がなにを言わんとしているのか、
要点はなんなのか、
まったく掴めないのです!

休職前の自分も、こうでした……
何度、書類を読んでも意味が頭に入ってこない。
あのときのいらいらをひさびさに味わいました。

また、鉛筆の音や紙をめくる音など、
周囲の雑音がどうしようもなく気障りで、
たまらなかったです。

学生時代、試験を受けていても
こんなことが気になったことは一度もなかったのに……

試験終了後はヘトヘトになって、
貴重な日曜の午後を無駄に過ごしてしまいました。

この自分の状態を見るにつけ、
まだまだ正社員として就職したり、
複雑なしごとをこなしたりは、
無理なのだなぁ、と思い知りました。

わたしはまだ、ウツ病患者です。

だから、薬も忘れず飲まないと!

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診察室での所作、そして薬の飲み忘れなど

今日の診察で、ふと気づいたこと。

「nikitaさーん、診察室へどうぞ。」

そう呼ばれたときのわたしはといえば。

バッグ2つにマフラー、コートを待合室のソファに置いたまま
マガジンラックの前に立って雑誌をむさぼり読んでいました。

ささっと雑誌をたたんでもとの場所にしまい、
大荷物をパッと抱えると、
小走りで診察室へ。
そして声色も明るく、「こんにちは。」

そんなわたしの一連の動作、
主治医の先生も観察していたでしょうか?
わたしは、いましがたの自分の動作に意識を留めて、
ふと考えました。

こんなにきびきびと、一点の曇りもない所作。

それは夏ごろのわたしと比べると、
明らかに別人のように思われます。

あのころのわたしは、
足を引きずるように、のそのそと、
そしておずおずと診察室へ入っていっていたような気がします。

主治医の先生になにを聞かれても、
答えるまでにずいぶんと時間をいただいていました。
それ以上に、先生のほうからなにかを切り出さないと、
なにも話せないような感じでした。

いまは至って「ふつうのひと」として、
先生と対峙しているように思います。

尋ねられたことにも当意即妙といった感じですし、
なにより、話すスピードがぜんぜん違う。

先生、これが本来のわたしです!

■それから、本日の備忘録

最近、うっかり薬を飲み忘れることが多く、
治療に支障をきたすのではないかと相談したのですが……

薬の飲み忘れは、病気がかなりよくなっている証拠だそうです。

多くのひとが、症状がかなり軽くなると、こうなるのだそう。

もちろん、これは褒められたことではないですし、
飲み忘れはないに越したことはないのですが。

しかし、お医者さんってすごいです。
こんなちいさなサインから、
いろいろな状況を理解するのですね。

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むくむくともたげる不安

今週、ちょっと調子が悪いです。

しごとをしていてもどうしても身が入らず、
いろいろ工夫してみるのですが、
どうしても頭がぼーーーーーっとしてしまう。
夜、帰宅すると、もうぐったりで、
起き上がるのもつらくなるほど疲れています。
そのくせ、やっとの思いで就寝の支度をしている内に
頭が冴えてきて、
なかなか寝つかれません。
朝の寝起きも、ずんぐりと重い感じ。
これから会社に向かう道のりが、
遠く、遠く、気の遠くなるほど遠くに感じられます。

↓こんな症状を呈してから、はっと思い当たることが。

http://ameblo.jp/n19711030/entry-10056969561.html

いわく、元気になったからといって
規則的な生活を壊して夜更かししたり、
無理をして遊んだりすると、
せっかくよくなっていた症状が逆戻りすることがあるらしいのです。

引用させていただいたブログの筆者は、
たった1回の夜遊びのせいで、
気の毒なことに
翌週ずっと、勤務に支障を来たしてしまったようで……

もしかして、わたしもその兆候が?

先週のダンスパーティでの飲みすぎが悪かった???

不安です。(でもこわくて先生に報告できないカモ……)

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薬局で思い出した

薬をいただきに薬局へ寄って、
ふと思い出しました。

病気になってすぐのころ、
注意力だとか判断力だとかが、
ふつうのひとには想像できないくらい、
弱くなっていたこと。

それで、薬局にいても、
「nikitaさん、お薬できましたよ」という呼び出しが、
まったく聞こえていないことがありました。
何で呼ばれないんだろう? って
1時間以上も待っていたり。

そのほかにも、
乗らなければいけない電車と反対方向の電車に乗ってしまったり、
すぐ目の前に来ている特急列車に気づかず、見過ごしてしまったり。
自分ではこれ以上ないくらい、注意しているのに、
どうしても失敗してしまう。そんなことが多かったです。

いちばん怖かったのは、鏡のある場所。
建物のなかで鏡張りの部分があると、
どこがほんものの空間で、
どこが鏡のなかの空間なのか、
わからなくなってしまうのです。
たくさんの鏡が合わせ鏡になっているお手洗いなんて、
まるで迷路に入ったみたいで、
前にも後ろにも進めず、立ち尽くしてしまっていました。

もう二度と、あんな思いはしたくない。

だけれど、自分のこの性格を変えない限り、
また将来、同じ病気になるってことも考えられるわけです。

考えたくないけれど、考えなくてはいけない。

ほんとうに、うんざりします。

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復職後、初の診察

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ここ最近はみるみる力が湧いてきて、体調もよくなるばかり、
どこも悪いところが見当たらない。

今日は2週間ぶり、しごとをはじめてから初の診察日。

元気な報告ばかりがぽんぽん飛び出してくるわたしの、
その発言を、主治医の先生は100%の事実とは受け取っていない様子。
さすがプロです。
主治医の先生はわたしを諌めるようにいろんな角度から質問を投げ、
わたしが自分自身、気づいていなかった
自分のほんとうの状況や、本心をひきだしてくれる。

そんななか思わず、
自分の口から出ていた言葉に自分でびっくり。

「わたし、もうもとの自分に戻れるとは、まったく思っていません。」

自分のなかに不安とか、自信のなさとか、あきらめとか、
そんなネガティブな思いが、気づかぬうちに潜んでいる。
いえ、気づいてはいるのかもしれなくても、
それを見ないふりをしているのかもしれない。

そう考えてみれば、
いまの自分はあらかた元気とはいえ、
まだどこかで、こころや頭に障害を抱えていることにも気づきました。

とても元気だけれど、
それは以前の自分とはもう、完全にちがう自分になっているということ。

診察の後、ひさしぶりに、涙がにじんできました。

そういえば、以前は診察のたびにやりきれなくなって、号泣していたっけ。

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薬の変更中止とダイエットの関係

抗うつ剤(アモキサン)の副作用による
食欲&体重増加を訴えたところ、
主治医の先生が、今後は別の薬で代替することを
考えてくださっていたようなのですが、
次週からアルバイト勤務をはじめる旨を伝えたところ、
大事を見て、服薬内容は変更しないことになりました。

かなり症状が改善したいまは、
服薬の効果を実感する機会がどうしても薄く、
「まだ飲まなければいけないのかな?」
と思うことも多いのですが、実際は、
まだまだお薬に助けられて毎日元気に過ごしているのですね。

ダイエットの機会を失ってしまい、
がっかりしているわたしに、主治医の先生はひと言。

「アルバイトをはじめたら、
ストレスで相当のカロリーを消費します。
自然と体重は減ってきますよ」

これは……うれしいような、こわいような。
やっぱり、体重が減るほど気疲れするんだ……前途多難。

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ダイスキな音楽が雑音になるとき

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昨晩のダンスクラスは、はちゃめちゃでした。
ちょっとつまづいただけで、果てしなくダメになる自分にガッカリ。

最近はクラスの時間だけでなく、
ふだんもサルサを聴くことが多いですが、
よく考えてみれば、
クラス通いができるようになったこと以前に、
驚くべきなのは、
サルサのようなリズムの強い音楽を再び聴けるようになったこと、
それ自体がありがたい奇跡。

生まれたときから音楽の泉に浸されて育ったわたしが、
ほんの一時期とはいえ、
音楽を聴けなくなったことがあります。

だいすきな音楽に魅力を感じなくなっただけでなく、
聴くに堪えない不快な雑音になってしまったとき、
わたしはこの病気の恐ろしさを知るとともに、
感受性を失ってしまった自分にも絶望していました。

とくにロックやダンスミュージックの類は耐えがたく、
持っているCDもすべてゴミの山と化したように感じていました。

音楽のまったくない毎日に退屈しだしたのは、
いつのころのことだったかな?

聴ける音楽が徐々に増えてきて、もうなんでもOK、
iPodだって手放せなくなりました。

そしていまは、
「音楽を愉しめることのありがたさ」をよく知っている自分がいる。
当たり前のことが当たり前ではなくて、
とても幸せなことなのだと知るのも、喜びです。

はやくそれを、ダンスで表現できるようになるといいな。

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マニキュアは、元気のしるし

いつも決して欠かすことのなかったマニキュアを、
塗らなくなる時期というのが、あります。

それは時間に余裕がないとき。こころに余裕がないとき。

しごとが忙しすぎて、疲れていて……
という時期はまだ許せるにしても、
マニキュアを塗ることすら、とてつもなく大しごとに思えて……
となると、状況は違います。

けれど、この数ヶ月のわたしにとっては、
マニキュアひとつがその、大しごとだったのです。
うつ病は、憎いことにあらゆる気力を奪っていきます。

もちろん、塗ったからといって、
どこかに出かけるわけでもない、
誰に見せるわけでもない。

それでも、女子としては、
いつでもどこでもきれいである努力はしていたい。

そんな努力が無意味でむなしくて、
そして遠い遠い世界のことにように感じていました。

最近、やっとわたしの爪には、
ピンクやベージュのつやつやした色が戻ってきました。
マニキュアを塗るためには、
爪の形を整えて、甘皮も除いて、保湿もしないとなりません。

こんなところからも、
ひしひしと元気になってきている自分を感じます。

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月の不調

今年の2月ごろから、月のものが乱れています。

最初は明らかにストレスが理由の不調でしたが、
その後病気を発症し、休職に入り、
生活からストレスが消失してからも不調が続き、
周期は40日前後になっています。
聞くところによると、抗鬱薬(アモキサン)の副作用の可能性もあるとか。

今月はもう40日を過ぎますが、
いっこうに来る気配がありません。

食欲は抑えられないし体重は増えるし、
月のものは毎度遅れるしで、
望まない副作用の多いアモキサン。
劇的に症状をよくしてくれたのは確かですが、
はやく減薬に入りたくてたまりません。
(ためしに主治医の先生に申し出てみましたが、
薬を変えたり減らしたりするのはベストな選択ではないということでした)

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はじまりも、たぶん終わりも睡眠問題

睡眠の乱れがどうしても治らないのは、
半分はわたしの意思のひ弱さからくるのでしょうが、
規則正しい生活への渇望とは裏腹に、
今夜もどうしてもベッドに入れず、困っています。

思えば、わたしのこころが変調を来たしはじめたころ、
最初に出たのが睡眠障害の症状でした。

そして、だいぶ元気になったいまも、
上手に眠れないことで悩んでいるのは同じ。

不眠が病気のはじまりを告げたように、
病気の終わりを告げるのは、不眠との決別かもしれません。

現在の症状は、このような感じです。

■朝7時半に目覚ましがなってから2時間ほどは、
うつらうつらとしながらベッドから出ることができない。

■夕食後、21時過ぎからテレビを見ながら居眠りを繰り返す。

■その後夜中になり、いいかげんきちんと眠ろうと、
歯を磨いたりお風呂に入ったりしているあいだに
すっきりと頭が冴え、結局寝つくのは2時3時に。

■外出をしたり用事が立てこんだりで疲れた日、
とくに心理的にストレスやプレッシャーがあった日は、
無事に1日が終わったことの開放感から、眠れなくなる。
(することもないのに、ベッドにいつまでも入らない)

とくに元気になってきたことを感じる最近は、
最後に挙げた症状が顕著です。
健康な人でも、仕事があまりに多忙すぎるときに、
疲れているのに寝つかれないことがあると思いますが、
感覚としてはちょうど同じような感じです。

なんとかして自分を律し、
決まった時間(理想は23時)にベッドに入るよう、
毎週のように主治医の先生から諭されるのですが、
この数ヶ月、毎日決意を新たにしても、
これを守れた日がないのは……我ながら、情けないものです。

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快方の太鼓判

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今日の診察以降、
通院は2週間に1回になりました。

通院を開始して半年、
週に1回の診察ペースは一向に減らなく、
わたしの回復は遅いのではないか? と心配していました。

これは、経過がよい方向に向かっていることのしるしです。

ただ、わたしにとっては診察はこころの拠りどころで、
毎週一度、たった10分間でも先生と話をすることが
楽しみとは言わないまでも、
一週間の自分を肯定してあげる大事な儀式だったのです。

それが2週間に1回になるということは、
「もう病院から卒業の準備をして、
あとの生活は自分独りで支えていきなさい」
と言われたようで、こころ細くもあります。

最初はこんなにも長い通院生活を送ることになるとは
想像もしていなく、暗澹とした気分になりましたが、
最近では、
しっかりと社会人としてもとの通りに復帰するまで
通院を続けるものとぼんやり思っていたので、
縋るものがなくなってしまうのは、ちょっとつらいです。

それでも、またしばらくは病院のお世話になります。
先生、よろしくお願いしますね。

【写真】病院の帰り道、パラパラとどんぐりが落ちているのを発見。
新しい季節の到来は、いつも突然です。

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気のもちよう

こころの病気って、ウィルス感染でもないのに、
なぜクスリを飲むのだろう? と思っていました。

また、心療内科の診察とは、
「気のもちよう」を改善する場だと思っていました。
こころの問題をあらいざらい語って、
こころの傷をやわらげ、
きもちを上向きにもっていき、
あらゆることに賢く対処できるお手伝いをしてもらえるような。

つまり、
あんなことがあってつらかった、
こんなことがあったけれど、どうしたらよいのだろう?
わたしはこのような性格だけれど、どう変えていったらいいのだろう?
こんな問題は、どういう考え方でとらえよう?

こんなことを、あらいざらい話せる場。

いやいや。
気のもちよう程度でよくなるならば、病気ではない。

なってから、そう気づきました。
摩訶不思議ですが、
わたしをここまで治してくれたのは、服薬でした。

でも、クスリでよくしてもらえるのはここまでのような気がするのも、
正直なきもち。
「治そう」「よくなろう」と意思をもって何かをしないと、
永遠のいまの状態のまま変わらない気がして、こわいのです。

最終的には、気のもちようなのかしら?????

わたしは、ゆれています。

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不機嫌なときだってあるさ

診察のペースがいまだに週1回です。
だいぶよくなってるはずなのになぁ。

「つまらないときはつまらない、元気ないときは元気ない、
不機嫌なときは不機嫌だってこと、ちゃんと表現してくださいね」

このことばを先生に何回、言われたでしょう。

つらいとき悲しいときに無理して元気にふるまうことが、
わたしを病気に追いこんだのだ、というのが先生の意見。

意外と、無意識のうちに習慣化してしまって、むずかしいものです。

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手帖のなぐり書きには

たまには闘病記らしいことも書かないと。

実はもっと症状が重かったころ、
同じ病気で悩んでいるひとときもちを共有したくて
ブログをはじめようと考えたのですが、
当然、そのころはこんな簡単なことすら続ける気力がなく、
最近まで放りっぱなっしになっていました。

いまになって、当時のことをふり返って書こうとするのですが、
苦しかったときのことがきれいさっぱり、思い出せません。
とにかくとてもつらかった、ということだけは鮮明ですが、
具体的にどうだったのか、からだは記憶を拒否しているようです。

初めて心療内科を診察したときに、
うまく症状を説明できる自信がなくて、
事前に書き留めておいた手帖のなぐり書きには、こうあります。

何もできない、何もしたくない、
外出から帰社するとなにも手につかない、
記憶力が保てない、
考えたり、整理したり、決めることができない、
話の意味が理解できない、
数時間ごとにこころの状態が変わる、
週末何もしたくない、
テレビや本の内容が頭に入ってこない、
音楽がうるさい、
たとえばメールの返信ひとつにも、とても時間がかかる

ただの「落ちこみ」とは異なるこれだけの症状があったにも関わらず、
初めて病院を受診するその日まで、
わたしはうつ病の「う」の字も疑ったことがありませんでした。

わたしと同じように、
実際は病気になりかかっているのにそれに気づかず、
正しい解決策を見つけられずに苦しんでいるひとも
たくさん存在することは容易に想像できます。

もしもいつか、このブログが個人的用途を越えて、
そういう方のちいさな参考になる日が来るとしたらとてもうれしい、
と、ささやかな希望を持ちながら、
これからも病気について書き留めていこうと思います。

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失眠

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ここ2週間くらい、再び不眠が続いています……

不眠=睡眠不足 ではないです。
朝、起きられないので。

きっかけは、先々週の出社です。

先生からは、症状の再発とは言われていません。
でも、睡眠薬を使いなさいと言われました。

昨日は、台風が運んだ大雨のせいか、
ひさしぶりに早めに、そして深く、眠りに落ちました。

なぜか今日はこんな時間から、
ZzzzZZzZZZzzzzZzZZZz..........

10時から見たい映画があるから、がんばらなくちゃ。

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目標=スマイリー:) その3

れは、楽しみにしていた八ヶ岳への週末旅行でした。

残業続きの心身の疲労を回復するために、わたしはあえて、
いつものように家で寝だめ、という過ごし方を選ばず、
多少ハードでも、有意義に過ごしてリフレッシュを図るのがベター、
と考えたのです。

なるほど、それはとても充実した週末でした。
澄んだ空気に美しい自然、夢のようなコンサートまでも満喫して
たくさんのおみやげを抱え、日曜の夜に帰京したあとは、
さらに家族で弟の誕生日を祝うディナーへ出かけました。

様子のおかしかったことといえば、
ぐったりと疲れていた往復の車中、
ずっと仮眠を試みていたものの、一睡もできなかったこと。
また、当時わたしは空腹感を感じることがなくなっていたので、
同行の友人が驚くほど、少ししか食べられなかったこと。

それでも、ほんとうに行ってよかった、
と週末の終わりを迎えたのです。

しかし、翌日の目覚めは最悪な気分でした。
もはや「疲れている」という言葉では形容できないほどの激しい倦怠感。
気分転換で行ったはずの旅行で、
まるで倦怠感が増悪してしまったことに、
こころが打ちのめされました。
今日は、果たして会社に行かれるだろうか?
鉛のようなからだを引きずって、わたしはよろよろと出社しました。

始業時間をまわり、まもなく。
もはや一歩も動くことができなくなったからだに、
不安でいてもたってもいられなくなったわたしは、
同僚にすがるように不調を訴え、
ここ最近、しごとでかなり参っていた経緯を話しました。

「病院へ行ってみたら?」

彼女のひと言で不意に、
自分はただ疲れているだけではない、
いまの状態は正常ではない、
もしかして……病気かもしれない、と気づいたのです。

手当たり次第に近くの病院へ電話をかけ、
ようやく予約をとることができました。
昼休みまで、あと1時間半。
いちど病気を疑いだしたら不安で押しつぶされそうになり
たったの1時間半が待てずに、
会社を飛び出して病院へ駆けこもうとするきもちを
何度も思い留めながら、
ただデスクのパソコンをいたずらに眺めているだけでした。

・・・そして、わたしの闘病がはじまりました。

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目標=スマイリー:) その2

能力のあるなしは別として、
わたしは責任感ある、仕事熱心な人間だと思います。

ただ、いままでは仕事ぶりに難があって、
自分でも直したいと思っていたのが、
・多忙になるとカリカリして、笑顔が消える
・仕事の場で感情が出てしまう
・愚痴を言うのが好き
・真剣になるとハッピーなきもちでしごとができない、余裕がない

自分だけでなく、
周囲のひとも、いやなきもちにしてしまうことがあったので、
去年就職した職場ではもうこれを繰り返したくない、とこころに思い、
「いつでもスマイリー」であることを自分に課していました。

とにかくしごとは楽しまなければ損、
どんなにつらくても忙しくても、笑顔を絶やさず、
まるで半分遊んでいるかのようにしごとをする、
まわりのみんなも、わたしといるとスマイリーになれる。

そんな目標は、自分をハッピーにするどころか、
次第に首を絞めるようになっていたようです。

そのころ、仕事の資料集めに立ち寄った書店で、
何の気なしにですが、
「働く女性のこころのケア」をテーマにした本を購入しています。

ふだんはビジネス書やノウハウ本にまったく興味がないので、
おそらく無意識のうちにかなり困っていたのだと思います。
しごとをするにあたり、自分のきもちを上向きにもっていくことが、
どうしてもできなくなっていたのでしょう。

残念なことに、その本に書かれていたことを実行するには時遅く、
その後まもなく、心療内科の扉を叩くことになります。

それは、ひさびさに週末を満喫した、気晴らし旅行の翌日に起こりました。
(つづく)

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目標=スマイリー:) その1

いまは回復期に入り、比較的症状も安定していますが、
症状がひどかったときのあれこれを、
これから少しずつ記録に留めようと考えています。
万が一、再発の兆候が出た場合の、リファレンスに。

*****

発症する直前までつけていた日記を繰ると、
当時は自覚していなかった、かなりたくさんのSOSが記されています。

「すごく痛々しいきもちで、再起不能な1日」
「せめて1日5分、週1回くらいは頭を空っぽにして自分だけに向きあいたい」
「いっきに膨らんだり、いきなりぺシャッと萎んだり。もうからだがついていけない」
「どうしても笑顔がつくれず、そのかわりしょんぼりと愚痴を漏らすわたし」
「胃けいれんになりそうな重圧」
「楽しむきもちを押し潰してまでする”ものづくり”に、何の意義があるのか?」
「いよいよほんとうに、こころがエマージェンシーを出している」
「何も食べたくない、と胃が悲鳴を上げている」
「”少しがんばりすぎじゃない?”と、言われた」
「誰にも会わない週末がもう4週め」
「終電で帰宅し、食事した後の時間が、1日でいちばん元気な時間」
「これでもか、これでもか、まだがんばりが足りない、努力が足りない」
「お肌もこころもカサカサに干上がっているのがわかる」

改めて見直してみると、かなりぞっとする内容が、
発症の1、2ヵ月前からほぼ1日おきに書かれています。
このような状態に至ったのはすべて、
自分の未熟さが原因だと考えていましたし、
まして心療内科を受診する、などという選択肢は
夢にも考えていませんでした。

そして自分自身はもちろん、周囲の人にも
この危険な状態は伝わっていませんでした。
同居する家族にも、せいぜい残業が続いて疲れている、
くらいにしか思われていなかったでしょう。

それというのも、わたしは
「いつでもどこでもスマイリー」を唯一の目標にしていたからです。
(つづく)

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カテゴリ■症状をふりかえって

発症してから病態が落ちつくまでのあいだの、

こんな症状、あんな症状を思い出してみます。

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