夏の終わりから、どんなに眠くても疲れていても、
毎日欠かさなかったブログを1週間、お休みしているあいだに
清けき新年を迎えました。
ブログだけではなく、
この年末はいろいろことがぐちゃぐちゃになったまま、
なんとも中途半端に年明けのときを迎えてしまったのですが、
それはそれで、意味のあることとして受け止めておきます。
(理由はこのあとに。)
年末最後の一週間は毎日が残業続き、
とはいってもせいぜい2時間、3時間という単位だったのですが、
現在、うつ病もちのわたしにとってはもう必死、必死のひとことでした。
そして迎えたしごと納めの夜、
今度は39.5度という高熱に見舞われ、ダウン。
もう、こうなったら溜まっているブログも放置し放し、
おまけに大掃除をする元気まで奪われ、
部屋は埃だらけの散らかり放題、
ここまできたらあとはどうでもいいや、と
なんと、お風呂にも入らず元旦の今日を迎えることになりました。
心身ともに清廉潔白な感じでピリッと新年を迎えたい
日本人のわたしにとっては、なんとも不本意な年の明けです。
けれども、こうなったからには、
決して「不本意」などと思わず、
「こういう年もあるよね」と開き直って、
ゆるりといい加減に過ごすことに決めました。
というのも、
わたし自身、いままであまりにもたくさんの
「~ねばならない」に縛られて生活してきた気がするのです。
「~したい」「~しよう」ではなく、「~ねばならない」。
すませるべきしごと、
自分から望んでしているはずの遊びの計画、
終映前に見ておきたい映画、
友人に会う約束、
そんなことから、
部屋の掃除のしかた、
歯磨きの順番、
下着のたたみかた、などといった小さなことまで、
わたしのやることなすことといえば、ほとんどすべて、
「~したい」「~しよう」ではなく、
「~ねばならない」に基づいて動いてきた気がするのです。
そして、この「~ねばならない」から外れたことは、
おしなべて「不快なこと」「不本意なこと」に感じてきました。
わたしが昨年患った「うつ病」という病の、
これは、大きな大きな病原体であり、病巣だったのではないかな?
と、考えています。
自分で自分のことを縛っていた、そんな感覚。
この「~ねばならない」から、
自分を少し、解放してあげること。
こうすることで、今後は自分のことを病気の再発から遠ざけてあげないと。
つねづね、そう思っています。
ですから、
今年最初の「~ねばならない」追放運動として、
年末の大掃除やら、新年の決意、などといった
“義務”を踏み倒してやりました☆
踏み倒してもへっちゃらな自分、上等!
さて、それでも少しは新年らしいこともして過ごしました。
今年はじめて、わたしは「おとそ」というものをいただいてみたのです。
「おとそ(漢字では“お屠蘇”)」というお酒は、
けっして舌においしいものではありませんが、
新年にいただくのに、とても意味のあるもののようです。
おとそのはじまりは、
古代中国の名医・華佗が、
自ら調合した十数種の薬草をお酒に浸して飲んだのが
はじまりだそうです。
邪気を屠り(おとその“屠”)、魂を蘇らせる(おとその“蘇”)ことから、
厄をはらい、福寿を招くことを願っていただくのだとか。
はらってほしい厄でいっぱいのわたしは、
今朝がた、いっしょうけんめいに、おとそを飲みました。
さんざんだった昨年の厄年も、やっと越えました。
病気が完治し、あたらしい生きかたの指針を見つけ、
ほんわか幸せである一年を祈って、2008年に臨みます。
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